Just a Little Bit of… の日記
バックナンバ 9月

2000年9月30日

 昨日は日記の更新が出来ませんでした。掲示板にも少し書きましたが、昨日はものすごい時間かけて「脳死」関連の論文もどきを書いていました。ココのリンクからも行けるディベートサイトでしばらくお医者さんと意見交換をしていたのですが、最終的に何が問題なのかを、読みやすくするためにHTMLタグを駆使して書きまくったのです。昨日はそれをそのページにコピペして、それで力尽きました。

 今日もう一度そこを見に行ったのですが、彼(彼女)の書き込みを読み、彼(彼女)とは何を話しても無駄だということがようやく解って、ものすごい徒労感に襲われるとともに、きっと彼(彼女)の脳の一部は機能停止してるに違いない、との確信を得ました。ああいうタイプの「困ったちゃん」の存在を実感できて、それはそれは、とてもためになるディベートでした。ぷう。

 チコリの入ったコーヒーをサーブしてくれる喫茶店に行き、いつものようにそこのコーヒーを飲みました。「スタンプがたまるとカフェオレマグがもらえる」というキャンペーンが今日までなのに大分スタンプ足りなかったし、でもって部屋のコーヒーが底を尽きかけていたので、チコリコーヒーの缶も買ってきました。もらったマグは殺人的な大きさで、こないだ誕生日プレゼントにもらったマグの二倍あります。400cc入ります。早速これにたっぷり、よせば良いのに全く気付かず、濃いコーヒーをいれて飲んでいます。だから今全く眠くありません。水の量を増やしてもいつもと同じ粉の量にすれば良かった。ちょっと困ってます。

2000年9月28日

 飲んでいるからかなあ。本当に寒いです。寒気がします。風邪? いや、淋しくないからきっと違います。酔い覚めの寒さだと思います。
 イライラしたり怒ったりするのは、防衛反応? というのかな、そういうのなんじゃない? と言われました。自分では拒否したい、容認し難い行動を見ると、それをなんとかして相対化しないとならない。佐伯くんは相対化の過程で怒るようになってるんじゃない? って。
 つまり、どうにもならないってことでしょう。性質のようなものだから、この性質を変えようという努力はすべきだけど、その努力は報われないかも知れないと思いながら努力する必要がある。また、経験からいって、わたしの性格はわたしが望むと望まぬとに拘わらず、時期が来れば変わるものなので、それまで待つしかないような気がします。でも、そうは言っても、変えようと努力し続けていないといけないような気がします。
 今日はこのくらいで。短いな。

2000年9月27日

 最近めっきり寒くなってきてますね。もう秋から冬の季節なんだろうか。夏が恋しいです。
 大学が人・人・人でごったがえしていて、生協の本屋さんでは売り物の本の上に荷物を投げ出して立ち読みしてる人がいて、それを見てなんか気分悪くなったままで歩いていたら、「いらいらしてるでしょ」と複数の女性に言われるという事態に陥っています。うん。思ってることを顔にすぐ出してしまうというのは改善しないとならないと思います。それ以前に、そんな些細なことでいらいらしてしまうのを何とか改善した方が良いと思います。
 町中で無造作に煙草の吸殻を捨てる人を見ても、真っ暗な中を無灯火でこちらへ向かって驀進して来る二人乗りの自転車を見ても、携帯で話しながらウインカー出さずにこっちへ曲がって来る車を見ても、デパートのエレベータで全階のボタンを押して知らん顔して抱き合っているアベックを見てもいらいらしてしまうんですが、なんかいい手はないもんでしょうか。うーん。無視する? 違うよね。無視せずに、かつ、いらいらしない、そういう心を持つにはどうすれば良いんだろう? 誰か何んかいい方法知りませんか? こんなに熱くなりやすい坊さんって、変だ。

2000年9月26日

 晴れた日は洗濯物を屋上に干します。曇りの日や雨の日は部屋に干しますが、煙草くさくなってしまうのでなるべく乾燥機に放り込むことになる。でもどうしても余分なお金を使ってるような気がしてしまうので、なるべく(2回目)洗濯は晴れた日にします。
 そんな感じで、今日は洗濯をしました (してくれる人なんてこれっぽっちもいないしさ)。 取り込む時、わたしは大抵そのまま屋上で畳みます。今日は風が強くて、しかも時たま突風まで吹いて、非常に畳みにくかったです。その後自転車で大学に行った時も、大体はすいすい行けたんですけど、とあるコンビニの前に差し掛かったら前からいきなり突風が吹いて非常にこぎにくくなりました。
 お変わりありませんか。風が強くても佐伯は元気にやっております。 (コドモだから風の子です。)

 古処誠二氏の最新作『少年たちの密室』を読了しました。前作『UNKNOWN』 (デビュー作) は自衛隊が舞台でしたが、今回のに自衛隊は登場しませんでした。 (地震が起こって閉じこめられて……誰がやった? という話なので完全に出てこないってわけではないんだろうけど。) 作品の内容も前作とはかなり違ってました。でも主人公の熱さは変わらなかった。うん。この人の味なのでしょう。

 あぁ〜。
 予選4位でも優勝できるってのは本当は非常に面白いやり方なんだろうけど、なんか今日は「怖いな」ってしか思えないな、ソフトボール。

 シンクロはよく解んないや。解説を聞きながらじっと見てるとなんとなく解ったような気になるけど、でもこれは完全に付け焼き刃なので気をつけないと。それでも直感的に、顔を出さないで「演技」し続ける時間が長ければ長いほど大変だ (≒技術点が高い) ということくらいは解る。から、どうなんだろう? フィギュアスケートもそうだったけど、日本は採点系の競技はまず技術で押していくのが共通の戦略なんでしょうか。 「芸術点」も結構いってると思うんだけど、本当にロシアが上なのかなぁ。わたしの見方は「北欧系の美人よりも東洋系の美人の方が好きだ」ということから来る偏見に満ちてるんだろうか?

2000年9月25日

 今日から大学の後期が始まりました。件のレポートは今朝早くに完成しました。安心して眠っていたら4限が自主休講になってしまった。うーん。レポートは5限だから出せました。しかしこちらも遅れてしまった。なんにせよ今日の人出はすごかった。わたし人混みは苦手です。だから、これからの一週間は大学が苦手です。

 高橋尚子って、金メダル噛んでたでしょ。そのまま「ぱりぱり」って食べちまいそうに見えました。なんて見事な歯。

 オリンピックの「おめでとうファクス」というのがTVで紹介されているのを見たり聞いたりしていると、「おめでとうございます。感動しました。ありがとう。ゆっくり休んでください」ってのが多いみたいです。なんでしょう。これが今回の流行なんでしょうか。
 前半は良いのだけど、最後の一言は不要なんじゃないのかな。「おめでとうファクス」の存在自体が大きなお世話なのは間違いないけど、それなりの成績を収めて自分に感動をくれた人に対して自分の味わった感動を伝えたくてたまらない、って気持ちが「おめでとうファクス」になるのは解る。これは仕方がないように思う。「自己表現」かもしれない。
 でもさ、「ゆっくり休んでください」ってのは何んか言い過ぎな気がします。これは赤の他人が言うべきことではないんじゃないでしょうか。選手と苦楽をともにしてる人が言うのなら選手に浸みる言葉でしょうけど、全然関係ない人が言っても単なる「押しつけ」にしかならないと思う。見てるこちらは選手にどれだけ感情移入しても観客に過ぎないんだから、「ありがとう」まで言ったら引き下がるべきなんじゃないのかなあ。「休んで欲しい」って思う気持ちになるのも解るけど、でもそれを言葉に出すのはどうだろう。わたしは「ぐっ」と飲み込んだ方が良いと思います。 「かっぱらい感動」にもほどがある、と思う。

2000年9月24日

 今日は朝まで起きていて、そのままオリンピック女子マラソンのスタートを見て、集団が少しバラけて来たなあと思って、気付いたら眠っていました。いや、気付いたのは起きた時か。
 なんにせよ、うまい具合にちょうど2時間くらい眠って、起きたら高橋尚子は問題の橋をとうに越えていて、シモンを引き離していました。ゴールの15分前くらいからリアルタイムで見ることが出来ました。いやあ。それにしてもシモンってすごい体力です、怖いですね。
 女子マラソンに一日心奪われていて、NHKでコンボイが地雷原を行く番組が始まってしばらくするまで野球のことを忘れていました。こちらは最悪。チャンネルを合わせたらすでに優勝してました。いや結果はとても良いんですけど、リアルタイムで見たかったです。
 明日の新聞、一面はどっちの「快挙」でしょう。報知新聞は間違いなく巨人でしょうけど、でも巨人の優勝なんて本質的には100年あったら100回見られるはずのつまらないことなので (そうですよわたしは巨人ファンですよ)、 報知新聞も高橋尚子が一面で良いと思います。だって、こっちは本当にすごかったもん。
 明日提出のレポートがあるので、今日はこのくらいで……。

2000年9月23日

 オリンピックの審判って、別に一流ばかりが集まってるわけではないんですね。

 やってる方も見てる方も腹を立てるばかりではなくミスジャッジを利用したりも (たまに) してるわけだから、あれで良いのかなあ。でも、柔道もサッカーも、どうも腑に落ちない。柔道は今後きっと大相撲のようにビデオルームと連絡したりするようになるんじゃなかろうか。ありゃ酷い。でも抗議にもルールがあるらしかったから、その手続きを踏まなかったのだから、今はもう仕方ないですね。微妙なジャッジ・あからさまなミスジャッジが行われた場合にどうするのか、そういう戦略も今後は必要になっていくのでしょう。選手の強化だけでなく、チーム戦略も強化していくということでしょう。
 と、ろくに受け身も取ることの出来ないわたしが非常にエラそうなことを言っています。すまん。
 それにしても解説の人の怒り方はすごかったですね。いつだったか城 (サッカー) がカニばさみで倒された時に民放のアナウンサーが「何をするんだ!!」と言っていたのを思い出しました。

 サッカーの審判はきっと中田 (PK流されまくってて何んか気の毒です。ナカタなんだから仕方ないと言えば仕方ないんだけど……。バッジオみたいだ) くらいに体調が悪かったのでしょう。遠くで何が行われているのか、殆ど気にしてないみたく見えました。目が悪いのだろうか。
 と、ろくに路傍の石を蹴ることも出来ないわたしが非常にエラそうなことを言っています。すまん。

 そういえば、うちのじいさんは野球選手がフォークボールを空振りするたびに「あんなところ振ってはいか〜ん! 当たるわけないじゃないか。それでもプロか!」と言っていたものでした。

 巨人は足踏みしてるし。今日は勝っても良かったのになあ、ドームだし。

 明日はマラソンです。早起きすべきか、起き続けているべきか。それが問題だ (実はもう結論は出ている)

2000年9月22日

 ゼミ合宿、府内ではありませんでした。隣の滋賀で、琵琶湖畔でした。そういえばそうであった。
 駅で12時半に待ち合わせだったのに、起きたら既に12時15分でした。正直非常に参りました。慌てて幹事さんに電話で謝って、皆んなと一緒の電車は諦め、遅れて行きました。
 出だしは最悪でしたが (わたしには、ということですけど)、 ゼミ合宿自体は盛況でした。湖畔の広い宿でのんびりしつつゼミで集中しつつ、しかしわたしは22日朝からのゼミでは熟睡してしまいました。先生のすぐ隣に座っていたのに。うーん。夜更かしが習慣になるとこういう時とっても困ります。でも、やめられない。うーん。
 男ばかりのゼミなので、同じ宿に泊まってる他のゼミ、女の子のいる他のゼミが、何んか非常に羨ましかったです。いや、好みというのは実はあるんですけど。
 今日の昼頃に電車に乗って帰ってきたんですけど、宿から駅まで送ってもらうバスに、乗り遅れました。手洗いに行って、出たら、誰もいない。学部時代に石廊崎で似たような目にあったなあ、って記憶を手繰り、でも言いようがないくらいしょぼんとしていたら、車で来ていた先輩が一人いて、見つけてくれて、駅まで送ってくれました。
 いやあ、良かった良かった。

2000年9月20日

 いやぁー。ブラジルはディフェンスすごかったですね。やっぱ勝てなかったかぁ、サッカー。ブラジルが同じ相手に二度続けて負けることは本当にないんですね。ちょっと前までの明治(ラグビー)みたいです。 え? 今も強い?
 そういえば今回クロアチアは出てなかったんですか?
 何んにせよ、決勝トーナメント出られて良かったです。スロバキアに感謝です。 きっと、わけもわからずに「他力本願」って言う人がまた出てくるんだろうな。聞く前から憂鬱です。 ところでアメリカって強いんでしょうか? 今までまったくノーマーク、これから情報収集です。ファンなんてこんなもん。

 あれ? 巨人は順調に負けてますね。でもマジックは減ってしまったのか。うーん。
 ここまで来てしまったのなら移動中とかじゃなくドームで勝って決めて欲しい。迅速さは問いません。

 明日はゼミで脳力強化合宿に行きます。府内で、皆んなで大リーグ養成ギブスをしてゼミをするのです。ペンを握るのも発言のために挙手するのもレジュメをめくるのも、箸を口元へ運ぶのも皿を持つのもビールをつぐのも全てが命がけです。ので、日記は更新できそうにありません。ごめんね。

2000年9月19日

 よく遊びに行っていたページが閉鎖していました。とても残念です。

 毎日まだまだ昼間は暑いけど、暑気に殺人的な性格はなくなったように感じています。夜には夏じゃなく秋を感じますし。いや、昼間の空を見ても迫って来る・押しつけて来るようなところはなくなって、秋の雲が浮かぶ、秋の高さの、秋の空、か。今年の夏は暑すぎたけど、いざいなくなると非常に淋しい感じがします。
 ちょっとウソです。少なからずホッとしてます。

 今日のオリンピック柔道って、男子よりも女子の方に期待が集まっていたような、そんな前評判というかマスコミの報道ではなかったろうか。プレッシャーかけすぎたのかな。わたし自身、女子代表の名前は知っていたけど男子代表の名前は知らなかったし。
 瀧本、瀧本。無茶無茶ポーカーフェイス、ちょっと神経質かも、と。
 たぶん覚えました。
 わたしスポーツはまったく出来ないんですけど、オリンピックの柔道はどの試合もほとんど紙一重みたいに思えます。強い人ばっかり集まってるんだから当たり前なのかな。それでもその紙一重を重ねて確実に勝てる人が本当に強い人、ってことなのかな。
 それにしても、今日は日本の男子も女子も男前でしたね。


 明日のサッカーってどうなりますかねえ。ブラジルともあろうチームが同じ相手に二度続けて負けるとは思えないんだけど、でも、でも、……。2−0くらいで勝てないもんですかねえ。
 いや、贅沢は言いません。後半のロスタイムまでが2−0であれば良いですわ。ロスタイムに追いつかれても良いです。追い越されるのは絶対にイヤです。展開によっては、こっちが追い越すのは大歓迎でございます。

 もろにオリンピックだらけのネタですね。良いのかなこんなんで。

2000年9月18日

 昨日のトップページ、最終更新日を一日間違えていたようです。今書き換えようとしたら書き換える必要がなかった。ま、良いか。誰も困るわけじゃないだろう。

 今日、先輩と 「読みやすい論文」 と 「そうでない論文」 とについて話しました。結論みたいなものとして二人で意気投合できたのは、 「読む人のことをどれだけ思って書くか で、読みやすさが決まる。また、実際に他人に読んでもらって批評を聞き、手直ししてから発表すると、当初よりもずっと読みやすくなる、というか、それをしないで発表しない方がよさそうだね」 ということでした。

 小説だってそうですよね。まず著者がその作品のいちばん最初の読者になる。最初の読者は著者が心血を注いで書き進めている作品候補を適当に拾い読みして、あるいはたまに通読してくれて、そして著者と作品と双方に対して容赦ない罵声を浴びせる。 「こんな形容詞の係り方じゃ俺読みにくくて仕方ないよ、入れ子構造を少し考え直した方が良いんじゃない? ココもう少しぼかして書いた方が良くないか? ココってかなり重要だから、もっとチカラ入れて書いたらどうだ? もっとうまく書けないのか? ……まったく、お前って奴は仕様がないね。」 著者はどういうわけか最初の読者の言うことは良く聞いて、すぐに書き直してしまう。しかし最初の読者は著者の疲労度に比例してしょっちゅう使い物にならなくなるので、著者はおっかなびっくりしながら二番目の読者―恋人や友達など―に読んで貰う。
 「ココはちょっと文章長すぎるかもしれないわね。ま、あなたらしい文章と言えば言えないこともないんだけど。でも、もし出来たら書き直した方が解りやすくなると思うな。」
 著者は最初の読者と相談などしながら、書き直すかどうかを決定する。
 わたしは習作と作品もどきしか書いたことがないから正確には解らないんだけど、小説というのはこういうふうに書かれるものだと思う。

 おそらく、論文もこういうふうに書くべきだと思います。書いたことがないのでこれは本当に解らないんですけど、ひょっとすると 「企画書」? プレゼン? というのもこういうふうに書いたり、映写するスライドの見出しや読み原稿を考えたりするんじゃないだろうか。
 「自己決定」 などという微妙なタームもここに微妙に関わってくると思うんだけど、 「他者性」 をどのくらい持てるのか というところで、文章は読みやすくなったり読みにくくなったりすると思う。あとは、自分の書いた文章をどれだけたくさんの回数読めるかどうか。そんなことをやっているうちに、その人の文体は決定されていくのだと思う。
 なるべく読みやすい、なおかつ特徴的な、でもどこか理屈っぽい、そしてわくわくするような、習作でも作品でも論文でも、そういう文章が書きたいものです。
<了>

2000年9月17日

 今日のは長いですよ。旅行中のがたまってましたから。今書いたのですけど。
 14日の日記は、ちょっと怒りが入ってます。そして長いです。それも含めて、もしよかったらどうぞ読んでください。

 そうだ、部屋掃除をしないとまたいろいろなモノが部屋の中で紛失するな、と思いつつサッカーを見ています。なかなか獲れないなあ。
 どん兵衛は待ち時間が5分になったんですね。
 木村さんが解説してるのは、新聞をとってなくても、番組が最初から見られてなくてもすぐ解ります。「う〜ん。」と言っていれば間違いなく木村さんです。
 入った。「う〜ん。」by木村 ゲーム中に中田がこんなに笑ったのって久しぶりに見た気がします。
 また入った。「う〜ん。」 by木村 この 「また」 って、良いですね。
 「またメロン」 って知ってますか。ある人が、家を尋ねてきた知人からメロンをもらった。子どもは 「わ〜。メロンだメロンだ」 と言って大喜びした。知人が帰ってから、ある人は子どもに見栄から 「これは 『メロン』 じゃなくて 『またメロン』 という果物だ」 と教育し直し、以後、子どもはメロンをもらうたびに 「わ〜。またメロンだまたメロンだ」 と言って喜ぶようになったんだそうです。本当かウソかは知りませんが、誰かが 『徹子の部屋』 か何かでそう言っていたんだそうです。
 やべ。入れられた。これに 「また」 はいらない。
 イエローじゃないのか? 今の。
 あれ? どう見てもハンドだろ、今の。
 サッカーではヒトを蹴ってはいけません。スロバキアの選手はそれを一瞬忘れてしまったようだ。K1じゃないっての。
 ふう〜。 「う〜ん。」by木村 ひとまず、よしよし。
 ブラジルが負けたようです。中田や森岡 (こんな字?) はきっと今日ブラジルも勝つから次の試合は消化試合になるとふんで、それでわざとイエローをもらったんだと思います。なかなか計算通りにはいかないようですね。




2000年9月16日

 ホテルに戻り、朝ごはんを食べようと思って目覚ましをセットして少しだけ眠りました。目覚ましはその後順調に止めてしまったようで、起きるともうご飯は食べられない時間になってチェックアウトが近付いてました。仕方ないので朝食を諦め、新幹線に乗りました。やはり速いですね、新幹線。18きっぷで行くと東京−京都間は8時間くらいかかるのに 1/3 くらいの時間しかかかりませんでした。値段は5倍くらいになりますけど。
 家に帰ってオリンピックを見ていたら、水泳で田島寧子選手が銀メダルを獲るのをリアルタイムで見られました。銀で悔しがるってのはスゴイと思ったけど、そういうのがないと進歩も発展もないのかな。「欲張り!」とは言えません。
 ジャスコの中にあるクリーニング屋さんに行ったら、なくなっていた。シャツやスーツをいっぱい持って行ったのに。でもよーく見たら掲示があって、移転してただけでした。ほっ。
 目を洗うのを買って来ました。これすっごい気持ち良いですね。
 帰ってしばらくしたら、柔道の決勝が始まりました。田村も野村も、二人とも強かったねえ。
 さてHPの更新をしようか、と思ってパソコンの前に座ったのだけど、学会のレジュメをHTML化するのが精一杯で、疲れて眠ってしまいました。そんなわけで、昨日の更新はできませんでした。すみません。



2000年9月15日

 引き続き学会に出席しました。先輩の発表や、面白そうなタイトルの発表を選んで聞かせて貰いました。
 昼からは友達の家に遊びに行きました。彼んちには去年子どもが生まれていたのに何もお祝いをしていなかったので、新宿に出てベビー用品を探したのですけど、伊勢丹ってどこにあったんだっけ。そういえばあそこにはずっとマイシティしかなかったような気もします。とにかく解らなくて、何も買えなかった。家のそばに行ってからで良いか、と思って行ったら完全な住宅街でコンビニしかなかった。うう。
 友達は少し太っていたような気がします。奥さんは出産したというのが解らないくらい、前に見たのとほとんど変わらない容姿でした。子どもは、なんか、知り合いの子どもというのは非常に面白いですね。すんごい違和感があるんだけど、でもその存在はそこに確実にあって、しかも知り合いは二人とも自分の子どもだと思ってるようだからやはりあのカワイイ赤ん坊は彼らの子なんだろうし、なんせお父さんとは打って変わってとても可愛かったです。
 わたしのしていた腕輪念珠を彼はとても気に入ったようだったので、あげました(おみやげ)。数十分後にはバラバラになっていました。そういうものかも解りません。ミサンガとは違うので願いごとは叶わないんじゃないかと思います。
 野田の芝居のビデオを借りて来ました。うしし。
 夜からは、大学の時に非常にお世話になったお店の跡地に出来た店で、友達などと飲みました。変わってないのは変わらない。変わるのは変わってます。就職するのはしてるし、してないのはしてません。久々に楽しいお酒が飲めました。跡地のお店も、おいしいことはおいしかったです。前のお店の方が断然好きですけどね。でもそれはないものねだりってことです。でも残念。
 カラオケもしました(朝4時半まで)。「さえきさんの歌声が聞きたい!」と言われたので(本気で受け取ってはいけません)調子に乗って歌ってしまいました。悪いことをした。少しだけかなり反省してます。
 後輩におごってもらってしまいました。就職してる人だから良いのかなあ、と思いつつ、これもなんか悪いことをしたような気がしています。在学中は何回か夜中に電話でたたき起こして無理矢理ラーメン屋に連れてったりしてたし(ごちそうしたとは言っても自転車で行ったし)、彼には本当に無茶をしたものです。いろいろありがとう。



2000年9月14日

 6時半頃に起き、共同になっているシャワーを浴び (そういうホテルもあるんです。シャワーとトイレが共同で、その分お値打ちです)、 ご飯を食べ、久々にスーツ (すごくタバコ臭くなってました) を着て駒大へ。同じ部会の方の発表を聞いたところ、 「スピリチュアル・ペイン」 や 「スピリチュアル・ケア」 という単語が頻出していました。主に、病院やビハーラ施設(仏教系)・ホスピス施設(キリスト教系)、あるいは自宅などで死期を見つめながら亡くなっていく患者さんに対してどのようなケアをしていくのかという内容の考察だったように思います。わたしと同じ生命倫理や生命学に関する発表だったので、非常に興味深く聞くことが出来ました。

 やがて当然のことながらわたしの順番が来て、当然のことながらそれも終わりました。
 薄々気付いていたのですけど、わたしは極度の緊張状態に陥ると立腹してるような反応をしてしまうようです。質問してくださった方が二人いらっしゃったのですが、まるでケンカを買ってるような反応をしてしまいました。わたしとしては怒ってるつもりなんて全然ありません。こんな発表に対して質問をしてくださったことが嬉しいばかりです。本当にすみません。

 わたしの後に 「「安楽死」の現状」 について発表されている方がいらっしゃいました。しかし、わたしの知ってることばかりおっしゃっていて、しかもわたしの知っていることよりも少ない内容の発表でした。カレン事件を出すのは良いんだけれど、オランダの現状を全く抑えていらっしゃらないのです。 「安楽死」 が合法的に行われているのはオランダなのですが ( 「安楽死」 先進国オランダ)、 現在、非常にたくさんの問題が生じてきている、例えば外部からの圧力で無理矢理 「自己決定」 で 「安楽死」 を選択させられている例など。そういう例がたくさん出てきているから今それをどうやって検証し、どうやって防ぐか、という問題になっている。なのにその方はその現状を全く抑えられずに発表をなさっている。しかもその発表は 「NHKで見た内容」 ばかり。
 この時は本当に腹が立ったので、そういう勢いで、でも冷静に質問をしました。全く解っていただけませんでした。その人は 「そんなこと (外圧による「自己決定」からの「安楽死」) は起こり得ない。なぜならこのようにたくさんの条件をクリアしなければ安楽死は出来ないからです」 とおっしゃり続けるばかり。そんなこと (いくらオランダでもたくさんの条件をクリアしなければ安楽死は出来ないことになっているはずであること) は生命倫理系の研究者ならかなり多くの方が知ってると思います。わたしは、 「安楽死」 を研究し、あまつさえそのネタで 「現状」 について発表までなさるその方が、わたしさえもが知っている事実を無視して発表なさるのが非常に問題だと言いたかったのです。また、 「現状」 と銘打った発表をしているのに「現状」に目をつむり「そんなことは起こり得ない」とおっしゃり続けるその方の態度に疑問を感じたのです。しかし何をどう言ってもその方は「そんなことは起こり得ない」と繰り返すばかりだったのでバカらしくなってやめました。せめてタイトルから「現状」だけは外して欲しかった。 (……多分わたしの質疑応答もあんな感じだったに違いない。)
 久保田くんに会うことが出来ました。文章を読んで相手の容姿を何となく想像で作り上げていたのですけど、それはお互いに打破したようです。彼は思っていたより明るい感じの好青年でした。彼はわたしを見て 「思ったよりガタイ良いんですねえ」 と言ってくれました。また、これは想像通りだったのですけど、彼は何かを説明するのがとてもうまいです。

 ……わたしは「色白のぽっちゃりくん」か「色白のひょろひょろ」という両極端に想像されることが多いです。でも実際は中肉中背で、なぜかは不明なのですけど、色黒です。「さえきくんは有名人では誰に似ていますか?」と問われたなら、多くの方は 「誰にも似ていないと思う」 と答えると思います。しかし、拳銃を突きつけられて同じ質問をされたなら、多くの方は 「……草gくんか中田ヒデじゃないでしょうか」 と言うと思います。もちろん、あんなに良いモノではありませんよ。

 質問してくださった先生を懇親会で探したのですが、見えていらっしゃいませんでした。非常に残念でした。でも先輩のツテで知り合いが一人増えました。また、大学で 「宗教学」 を教わった加藤智見先生に会うことが出来ました。お元気そうで何よりでした。
 懇親会の後、同じホテルに泊まることになった先輩とホテル近くの喫茶店に入り、コーヒーを飲みました。オーダーする時、気になっていたのでサッカー日本代表の南アフリカ戦がどうなったのか店員さんに聞きましたが解りませんでした。そうか解らないかあと思っていたら、他の店員さんに聞いてくれて、コーヒーと一緒に 「勝ったそうです」 という情報ももたらされました。よしよし。
 同じ学会に出ていた人ではないかと想像するのですが、夜中にホテルの廊下で大声で喋くる男女のばかものが3人か4人いて、夜中の4時頃まで眠れませんでした。うう。



2000年9月13日

 東京へ向けて旅立ちました。3年ぶりか4年ぶりの東京。きっとテクノポリスTOKIO (by YMO) みたいな感じになっていて、田舎者の僕のことなんて受け容れてくれないんだろうな。
 渋谷から田園調布線に乗ってホテルに行く予定ながら、渋谷駅周辺で迷いました(すっかりおのぼりさんです)。どこに田園調布線の入り口があるのか解らず、駅員さんに二回も聞いてしまいました。 「まっすぐ向こうに歩いていけば良いんです。見えます。」 いや、見えませんでした。 「まっすぐ」 じゃなく 「まっすぐ 道なり」 と言って欲しかったです。また、道なりに行けば地下鉄の入り口らしきモノは見えますけど、見えても営団のマークだけだし、しかしあんなに遠くに見えるとマークだって判読できません。上に出ている案内掲示が駅の出口で消えてしまうのも問題かなあ。
 東京で暮らしていた頃、女の子と渋谷で待ち合わせ、駒大まで一緒に行ったことが一回だけあります。その時も多分田園調布線で行ったと思うのですけど、駅の記憶なんて一切なかったです。彼女の顔の記憶とか声の記憶とかはあるんですけどね。うーん。
 ホテルに荷物を置いて、東京にいた頃からずっとお世話になり続けているお寺に挨拶に行きました。そこにはわたしと同い年、同じ誕生日、同じ血液型の息子さんがいて、でも彼は結婚してお子さんを一人もうけておられました。可愛かった。占いはあてにならんというのの実例ですね。
 ホテルに戻って発表原稿をもう一度確認しました。声を出して読む。17分くらい。ぴったりです。安心して、ぐっすり眠れました。

2000年9月12日

 京都でしか雨降ってないような気がして昨日の日記を書いてしまったんですが、そんなわけはないんですよね。雨雲はつながっているんでした。しかも東海地方の方がでかかったみたいです。レジュメ書くのにかまけてまともに気象情報を見てなくて、とんでもなく楽観的なことを書いてしまったようです。すみませんでした。
 レジュメ (阿闍世さんも気にしてくれています。ありがとう。) は一応完成しました。註を含めてB4で3枚。ま、こんなものだと思います。時間も早口で読んでぴったりです。別紙資料の方はかなりな大部になってB4で15枚。向こうでコピーしたり、まとめたり、折ったりする時間はないと思いまして、こっちで全50部作りました。これを全部持っていくわけです。途中で新幹線の窓から放り投げたくなるに違いない(窓開かないって)、ってくらい重い。 内容? そう重くはないような気がします。
 刷り上げ、まとめ上げた別紙資料をチェックしたら、「意思」と書くべきところを「意志」と書き誤っている部分がかなりたくさんあることに気付いてしまって、参ってます。発表の最後に口頭で伝えれば良いでしょうか。けど、ちょっと悲しい。
  『現代思想』 9月号のうしろの方にキリスト教の視点から「脳死」臓器移植を検証してる論文がありました。読んでいていちばん嬉しかったのは、わたしの参考にしてる文献とかなり重なる文献が参考にされていたということです。妙なことですけどすごくホッとします。 「同じものを参考にしてるのになんでこんなに質が違うんだー!」 って言われることがないよう、なんとか頑張ります。

2000年9月11日

 京都は一日雨でした。今もまだ降ってます (AM 4:00)。
 学校そばにあるモスバーガの黒板に 「今日は久びさ恵みの雨ですね」 って書いてありました。慥かに最近晴天続きだったから農作物や農作物を世話してる人はホッとしてるだろうし、傘屋さんもホッとしてるだろうし、何より、こないだ琵琶湖の水位がマイナス90センチになってたのを思い出しました。歩きにくくても足が濡れてずくずくになってひいひい言ってても、どこかで誰かがホッとしてるかもなと思うのは、単なる想像でもいい感じでした。
 自分の書いたモノを他人に読んでもらうのって、全然ちがう観点から批判 (≠非難) してもらえるのでわたし大好きです。 (あまり他人に頼りすぎても良くないけど。)
 今日はレジュメを読んでもらって、冷静に冷静に論理的な文章を書いたつもりだったのに突然 「とんでもない」 とか 「埒が開かない」 とかの表現が出てきてるのを指摘してもらって、それぞれ 「許し難い」 と 「この状況を打開できない」 に変更することができました。
 他にも、自分ではごくごく当たり前の前提みたいに思っていることだったのに、それは全然前提として機能していないことに気付かされたりします。 (『ねえ』の良羽くんは川井さんが好きなんですが、でもそんなの前提にも何んにもなってなかったり。) 多少文学的な香りのするものは前提をどこまで共有できるか、できないか、あるいはどうやってはぐらかしてびっくりさせるか、そういうのがとても重要だったりするのかなあと思います。しかし論文の場合はある程度それを非文学的に全面開示していかないとわけのわからないモノになってしまう。気を付けないと。
 そうか。
 この日記も実はそうかもしれませんね。すみません。

2000年9月10日

 今日になって気付いたのですが、わたしオリンピックサッカー日本代表の緒戦を見られないようです。その時間は飲んで喋ってなきゃならない気がします。とても残念です。ドラマも一つ気になってるし、いろいろ録画予約していかなければならないなあ。

 地震だ。

 関西って、阪神淡路大震災の前は地震が少なかったって聞きました。完全に素人ですけど、地震って小出しにしないと危ない気がします。人間で考えるのが有効かどうかも全くわかりませんけど、日常的に怒りを小出しにしてる人はあんまり大きく怒らず、普段ぜんぜん怒らない人が怒るとすんごいコワイことが多いと思う。 「粘着性気質」 ってやつですね。多分わたしは粘着性気質なのに小出しにしてるような気がする。なぜだ。
 大学一年の時に 「宗教学」 を講義してくれた先生の著書や講義によると、親鸞さんは骨格的に見たり書いた文字から分析したりすると粘着性気質だったんだそうです。肖像画を見ると慥かにそんなふうに思えます。文章の中身も緻密ですし、著作をちくちく読み出すと、ますますそんなふうに思えます。しかし想像にすぎない、という気もちょっとだけします。

 マリービスケットを食べながらアプリコットティーを飲んでます。
 ほっこりしてます。

 さ、レジュメ仕上げなきゃ。

2000年9月9日

 昨日行ったジャスコにはなかった 古処誠二氏 の新作は、一件建ちの書店に行ったらありました。平積みになってました。 森博嗣氏 の新作も特設コーナで平積みになってました。 森岡正博氏 の論考の載った 『世界』 10月号 (本文タイトル部が「意思表示」でなく「意志表示」と誤植になってますが) もありました。ひとまずは目的達成です。よしよし。
 ひさびさにカツ丼を食べました。美味しいところのカツ丼はやっぱうまいですね。セットでついて来たうどんもうまかったです。ただ、あそこの麺類は一本ゆうに2メートルあるのでちょっと食べにくい。ざる蕎麦なんてかなり困ります。長いよぅ。うまいから良いのですけど。
 NHKスペシャルを見ました。陸上競技って奥が深いようです。清水宏保の映像まで出てきたし、 「深腹筋」 なんて初耳でした。ABC制作の翻訳とかじゃなくNHKが製作してるってのも意外でした。先端医療の特集番組は玉石混淆ですけど (脳低体温療法を紹介するかと思えば 「脳死」 臓器移植を無前提に容認したり礼讃したり)、 大きな目で見るとやはりレベル高いみたいですね、NHK。

2000年9月8日

 日本人の名前をローマ字表記する時にも 「姓」 が先、 「名」 が後、というふうに学校で教えることになるんだそうです。
 本多勝一に染まっていた時期があり、以後ずっとそうやっ表記し続けてるわたしとしては非常に嬉しいです、なんとはなしに。 「姓」 は全部大文字で表記する、などというのも本多氏の提唱してるままですね。ヘボン式だというのは本多氏のとは違いますけど。
 高校の時に英語を教えてくれていた先生は、カナダに行ったとき 「名・姓」 の順番で自己紹介したら、ずっと自分の名前をファミリーネームのように思われてしまったんだそうです。 「ずっと」 というのが変かな、英語の先生なのに改善するすべを持たなかったのかな、と思うけど。
 長野オリンピックのTV中継では名前がすべて 「Ryou Saeki」 というふうに表記されてましたが、ソウルオリンピックの時はすべて 「SAEKI Ryou」 だったか 「Saeki Ryou」 になってましたよね、そう言えば。 「カール・ルイス」 が 「ルイス・カール」 になっていた。どこかのCD販売店の並べ方と一緒です。図書館の本もそういう並べ方になってますね。
 西欧から日本に来た人が日本の中で 「名・姓」 の順で自己紹介してるのだから、やっぱ、これは日本語表記のままを外国に持っていっても良いんじゃないかと思います。しかしなぜ今頃になって教え方を変えることにしたんでしょう?
 森氏の新作を購入しました。まだまったく読んでません。学会に持って行って読もうかな、と思ってます。古処氏の新しいのはジャスコにありませんでした。

2000年9月7日

 これといったことがないまま毎日が過ぎていきます。あとで振り返ると結構よい想い出になっていることでも、その時には全く 「普通のこと」 として認識されていたりするもんだと思います。
 最近、わたしのパソコン、mpegを見たりファイルを三つくらい同時にダウンロードしたりするとすごく不安定になってました。mpegがカクカクする。ダウンロード中に 「プーン」 と言ってパソコンが落ちる。なぜだ?
 師匠に聞いて 「システム モニタ」 をWindows98CDからインストールして見てみたら、他のソフトを起動させているつもりなんて全くないのに 「カーネル:プロセッサ使用率」 というのが8割以上いってました。この値が低ければ低いほどパソコンは無理せず快適に動いていて、高ければ高いほど頑張って無理してくれているってことなんだそうです。その値が、何も起動してないのに8割いってる。マホウです。
 でも何んのことはない、すごく単純な種明かしでした。 「パソコンを総合的に監視する」 という機能のソフトが、わたしの知らないうちに 勝手に 一生懸命動いていたんです。そんなに燃費の悪いソフトはやはり、有用ではあっても大きすぎるので、アンインストールしました。
 そしたらいきなり安定しました。mpegもカクカクしなくなったし、パソコンも勝手に落ちなくなりました。
 やはり、考えても考えても、調べても調べても、あるいは知識がなくてハナっから解らないことなんかは、解る人に聞いた方が良いですね。いつも本当にありがとう、師匠。

2000年9月6日

 今月半ばに開かれる学会のパンフレットを紛失しました。記念すべき第一回の発表を行う、永久保存版くらいに大事だと思っていた、わたしの本名と発表題目が掲載されているパンフ。いやプログラムと言うのでしょうか。とにかく紛失しました。えらいことです。
 この部屋ではもともといろいろなものが消えてしまう傾向にあるのですが、こったら大事なモノを紛失したのは、……初めてではないんだなこれが。びっくりだね、マジで。
 これはこの部屋でなくなったのかどうか正確には解らないのですが、モンブランのすごくお気に入りだった万年筆をなくしました。中学校に入学した時に京都の知り合いのおばちゃんから貰って、母親からそれを手渡されたたこともあってか、誰に貰ったのか10年以上に亘って誤解し続けていたモンブランの万年筆。使い続けていればいくらモンブランでも消耗するため、5年前に2代目を、東京は新橋のキムラヤでなぜか4割引で購入することの出来た、おばちゃんに貰ったのと全く同じ、しかしモデルチェンジがなされていた万年筆。毎日使っていたのにどこかに消えて行った。
 せっかくお揃いだったのに。
 初号機とかベッドとかパソコンとかフライパンとか、こういう大きなモノは滅多になくさないのですが、ころころっとした小さなモノや、大きくても重ねると解らなくなってしまう雑誌や雑誌大のもの(論文のコピーなど)は、よくなくしてしまいます。今回のパンフ (プログラム) は後者です。
 狭い狭い、6畳ないような部屋なのになあ。
 そんなところでモノをなくすことの出来るわたしというのは、貴重な才能の持ち主かもわかりません。 ああ、むなしい。
 図書館で友達をつかまえてコピーさせて貰いました。彼は 「キミで二人目だよ、コピーするの」 と言ってさわやかに笑いました。彼はいつも本当にさわやかで、まるでカヲルくんのようです。
 わたしはわたしでこれを更にコピーして、やはり 「なくした〜」 と言っている友達に渡すのです。

2000年9月5日

 惰眠を貪ったため、寝不足は恐らく完全に解消されました。しかし何んか喉が痛いです。ただ眠かったわけではなく、どうも風邪のひきはじめだったから眠かったようです。
 わたしの場合、風邪をひくとほぼ確実に淋しくなります。街を一人でとぼとぼ歩いてて、ものすごい勢いの寂しさ、孤独感、寂寥感、哀愁……、そういうものを感じて 「俺どうしちゃったんだろう? なんでこんなに淋しいんだろう? 死ぬのかな?」 って不安になり出したら、たいてい風邪をひいてます。そういうふうに寂しさを感じ始めた瞬間には前に寂しさを感じた時が風邪の始まりだったことに思い至らず、ただただ 「こんなに淋しいのって普通じゃないな」 と思うだけなんですが。気付くのは寂しさからひとまず立ち直って、それからのことが多いです。
 でも、今回の風邪は、そういうの感じなかったです。逆に三日くらい前から妙に元気でした。なんでだろ。喉が痛くなる風邪はひさしぶりだし、疾病部位によって感じ方が違うのかな。

 今日、ある人から 「日記ばっかり更新しててもつまんないよ」 と言われました。
 カウンタの伸びがよくないことから、わたしも薄々気付いています。何んか新しい展開が必要なんじゃないかと思います。さて、何か書かないと。何か発見しないと。
 とは言っても、目下のところの興味の大部分は今月半ばに来る学会発表のことばかりにいってます。本名ページでやってる方の「脳死」臓器移植や「自己決定権」というあたり。アンケートの集計や分析、それらのHTMLファイル化などにも追われています。
 何んかやわらかなエッセイふうのでも書いて向こうにアップして、でもって、こっちから向こうのにリンクさせよう、と思ってます。ま、でも、何んにせよ書かなくてはいけません。

 本は最近あまり読んでないです。諸般の事情により部屋に3セットもある 『さくらの唄』 を順繰りに読んでるくらいです。
 消費するばかりじゃなく、たまには何か文化的なモノを生産してみたいです。

2000年9月4日

 やっと秋らしい天気になって来ました。昼間はやっぱりまだ暑いけど、夕方に半袖で出歩くと少し肌寒く感じます。……怖れていたとおりの展開になってきました。わたしもうはや夏が恋しいです。でも三日くらいたって暑さがぶり返したら、今感じてる恋しさを綺麗さっぱり忘れて悪態きっと吐きまくることでしょう。勝手だね。ごめんよ、夏。
 しかし俺はどうしてこう、ないものねだり的なんだろう。今ごろ気付くなよ。
 秋は秋で、収穫の秋だし、読書の秋だし、馬も犬も猫もハトもヒトも肥ゆる秋だし、恋をするにも良い季節だし、いろんなものが美味しくなるし、何んとは無しに微妙な感じで淋しくなってくるし、とても好きです。乾燥するのは肌にあまり良くないんだけど、でも秋は好きです。夏も好き。冬も春も。

 最近やっと 「上書き保存」 の機能を活用する(できる)ようになってます。今までのわたしは何をしていたのでしょう。まったく、無知ってコワイです。

 今日ちょっと寝不足です。おやすみなさい。

2000年9月3日

 こないだ帰省した時に実家の物置で見つけて持って帰ってきた、更別(さらべつ)で作られたカレーを食べました。恐らくカレー粉以外の原料は、牛肉もタマネギもイモもニンジンもブイヨンも小麦粉もバターもすべて十勝産だと思います。明石のタコが明石のうまい海産物ばっかり食べて大きくなるから当然のようにうまいのと同様 (と言って良いと思う)、 このカレーも非常にうまかったです。発汗作用はあまりなかったけど、かなり家庭的な安心できる味でした。ごちそうさま。
 更別(さらべつ)は帯広市の隣にある、十勝管内の、広いけれど人口密度的には小さな村です。慥かサーキットがあって、そこは日本で唯一24時間耐久レースがほとんど誰にも迷惑をかけることなくできます。何年か前から自動車の24時間耐久だけではなく自転車 (ママチャリ限定だったろうか?) の24時間耐久も行われています。一度は参加したい、ような気もたまにします。本別ではとうきび (デントコーンなので食べてもおいしくないです。秋には粉砕して牛のエサや肥料にします) 迷路もやってます。こっちは5年前に行き非常にしんどい思いをしました。殺人的に広い。
 十勝よいとこたまにはおいで。メシはうまいし姉ちゃんも空気も綺麗だ。

 最近パソコン師匠の友達に教わって大きなファイルを大量にダウンロードしています。解凍したり整理したりしてるとファイルの順番ががぐちゃぐちゃになるようで、HDを頻繁に最適化しないとなりません。DL中に他のプログラムを起動させると不安定になりがちだし (昨日はエクセルが少し消滅しました。ちょっと痛かった)、 こんな苦労を4ギガも日夜し続けたという彼はすごいと思います。それだけ大きくなるとCDに焼く気もしないんだって。 「今ハード飛んだら俺ちょっとマジで自殺願望入るかも」 と言ってるけど、じゃあ、ちくちく焼きましょうよ。うん。

2000年9月2日

 今日はホットケーキを焼いて食べました。森永のホットケーキミクスを、裏に書いてある通りに卵・牛乳と混ぜ、書いてある通りに暖めたフライパンに、わたしの場合は何枚も焼くのが面倒なので全部一気に流して待ちます。結果として、直径23センチくらいの巨大なのができます。今日はひっくり返すのもうまくいったし良かった良かった。帰省したときに甥(当時4歳)に作ってやったらすごく評判良かったです、ただ単にデカイだけなのに。(味は問題ないです。森永しか使いませんから。) 1/4に切って2枚ずつ重ね、さも2枚焼いて重ねて切ったかのように見える演出をするのが子どもを喜ばすコツかもしれません。表面の焼き色は、油をひかないで焼けるフライパンで焼けば完璧にいけます。あとは弱火じゃなくトロ火でゆっくり焼くことです。
 一生懸命書いてるけど誰か参考にするのかなあ。

 サッカーのオリンピック壮行試合を見ました。コウタがもったいない気がしました。もうこの時期だから皆んな気を付けるんだろうし、誰もケガしないんだろうなあ。
 ケガはして欲しくないけど、でもコウタもオリンピックで見たいです。なんとかならんもんなんだろうか。

2000年9月1日

 久しぶりに惰眠を貪りました。ふう。目覚ましをセットせずに眠った後って気持ちいい!

 知り合いから借りていた秋里和国弐の 『TOMOI』 をやっと読みました。普通の (何が普通なのかは不明) ゲイマンガだと思っていたら、ちょっと違いました。純文学みたいで、 『はみだしっ子』 のにおいが漂ってました。こういうの好きです。

 巨人が今日も勝ちました。ファンなんですが、あんまり打ちすぎるとげっそりします。なんででしょう。何んにせよマジック点灯です。わたしも頑張らなきゃな。
 ベンチでぽーっとしてる時の江藤と、桜庭って、顔が少し似てるような気がします。わたしだけ?


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