Just a Little Bit of… の日記
バックナンバ 2004年7月

2004年7月31日(土) 8月1日(日) 12:34 +0900

◇ 熊楠。

 田辺市の方でなさっている南方熊楠関連の講演会が京都 ‥‥ というか龍谷大学でありました。正規のスタッフの方が大勢来られて取り仕切っていたのを少しだけ手伝いました。南方熊楠という魅力的な人物のイメージがより立体的に広がるとともに、南方熊楠という現象がこの世界でどのような役割を果たしどのような業績を残したのか、というのも今まで以上にわかったような気分がしました。手伝えてよかったです。

 台風が来ているようなのですけど、わたしが外にいた時間は風も雨もそんなに強くありませんでした。でも自転車で深草まで行けるほど甘くはなかったし、雨も風も局地的にはだいぶ強かったようです。でも帰りは歩道に男の子・女の子がぺっちゃり座ってるのを見かけるほど乾いておりました。

 アジアカップサッカーを見ました。随所でレフェリーが非日本びいきであることを証明しながら日本が負けるように負けるようにとジャッジし続けたように思えましたが、神がかった川口ほど強いモノはこの世界にないのでした。しかしすごく消耗しました。

2004年7月30日(金) 8月1日(日) 12:34 +0900

◇ 安居も終わった。

 安居最終日でした。閉繙式という閉会式のようなことがあり、本山(本願寺)に参拝して安居は全日程を終了、みんな日本中に再び散っていきました。とたんに淋しくなってしまった。

 その後、安居とは全然関係ないことで知り合いが龍大に集まって、いろいろ話しました。龍大の大宮学舎は

  1. 七条側の入り口に「龍谷大学」とは書いてない
  2. ‥‥「幼稚園」と書いてある
  3. 七条側から通りを曲がって入ろうとしても正面にお寺が見えて大学には思えないので通り過ぎてしまう
  4. 大宮側も同様である(でも図書館は確認できるので入ってこれる)
  5. (門のそばまで来れても本館や南黌・北黌を見ているうちに大学とは思えなくなってくる)
  6. ‥‥

 などなどの問題があるので、初めて来られる方はいろいろ混乱される場合が多いようです。気付かずにすみません。今度もし何かあって誰か呼ぶような場合には(講演会とか誰かの結婚式とかかなあ)「龍谷大学入り口という表示が(目立た)ない」「本願寺幼稚園の案内の方が目立つ」「本願寺の境内に入っていくような気さえする」「立地がそもそも大学っぽくない」「建物も大学っぽくない」という特徴を一緒に伝えようと思います。

 その後、来年の安居会読の論題となった

  • 六字釈義
  • 報化二土
  • 願海真仮

 の部分の『百論題』をコピーしてから帰りました。

2004年7月29日(木) 8月1日(日) 12:34 +0900

◇ 安居も終わる。

 29日が安居の会読としては最終日でした。自分が実地で経験すると会読というモノがどういうものか今までよりはわかったことになると思う。それもあってか、内容も今まで以上によくわかった気がしました。

 待望の洗濯をして、インド料理を食べに行きました。寺町通りの、四条と五条の間にあるアジャンタというお店です。とても美味しかったです。香辛料の辛さがだいぶ抑えられていて食べやすかった。ただ、ちょっと塩辛いような気もしました。部屋に帰ってのどが渇くままに水を飲んでいたらおなかがたぽたぽになって苦しかったです。美味しくて食べ過ぎたんだろ!という気もします。

 インドには「ざ」の音がないので勢い「ありがとうごジャいます」になりやすいんだそうです。そこだけ目立って「おじゃるまる」みたいでちょっとおかしかったです。そういう僕はLとR、BとVの発音がわやなので本当は笑ってられないのです。うにうに。

 今回非常にお世話になった先生は、「今年の論題での会読はひとまず終わった。明日、閉繙式で新しい論題が発表になる。ということは休めるのは今日だけで、また勉強の日々が続くわけです。」みたいなことをおっしゃいました。なるほどなあと思ったり、うーん会読って大変だなあと思ったり、です。

2004年7月28日(水) 7月29日(木) 16:00 +0900

◇ 安居です。

 会読が当たって、良い会読だったか悪い会読だったかはおいといて、とりあえず終わってよかったです。開放感から昼〜夜まで飲んでしんどくなりました。

 ふと気付いたことには、貴石の腕輪念珠のゴムひもが切れそうです。白いゴムひもを紫色の糸でくるんだゴムひもの一部が白くなっております。このままだとほどけてバラバラになってしまう。近いうちに何とかいたします。

 中島らもさんが亡くなったというのを聞いて焦りました。早すぎると思います。『ガダラの豚』めちゃくちゃ大好きです。龍大の顕真館でやった講演会、「磯じまん」の話などなどすごく面白かったです。10年くらい前に見たわかぎえふとの対談もすごく楽しかったです。残念です。淋しいです。悲しいです。つつしんで哀悼の意を表します。

 洗濯するのをコロッと忘れて眠ってしまいました。


 以下、22日から上は安居にともなうまとめの日記です。意図的に、あるいはうっかり書き漏らしたこともありますが、まあおいおい拡充するかもです。(ちなみに安居は30日までです。)

2004年7月27日(火) 7月29日(木) 16:00 +0900

◇ 安居でした。

 今日も安居で覈求其本でした。次の日さすがに当たったので勉強会は目が血走っていたかもです。でも夜は和上と大会衆と集まって宴会が催されて参加しました。学会発表の前日よりももっと飲めませんでした。せっかく大金払ったのに全然飲めないというのは辛いですねえ。

2004年7月26日(月) 7月28日(水) 17:00 +0900

◇ 十劫久遠。

 安居でした。東京に行く前日と前々日はともに一時間遅刻したので、そしてそれは明らかにクセになりそうなので、帰ってきてからは遅れずに行きたいなと思っていて、何とか遅れずに行けてよかったです。

 会読は「十劫久遠」[ジッコウクオン]の最終日でした。翌日の会読は「覈求其本」[カクグゴホン]の初日で、わたしもあたるものと思っていましたが当たりませんでした。講演会を聞いたり勉強会に参加させてもらったりしました。まったくゆっくりなんて出来ずに帰って寝ました。

2004年7月25日(日) 7月28日(水) 17:00 +0900

◇ 印仏研(2)。こどもたち。

 朝、友だちの奥さん(彼女も友だちですよ)の焼いてくれたパンをいただいて、電車に乗って駒澤大学へ行き、発表しました。箸にも棒にもかからないはずの内容なのに、レジュメがやたら立派に出来たので(サンクスサンクス)、そして先輩が気をつかってくださって質問してもらえて、それでいちおう発表の体裁は調ったし、それに加えて別の方もすごく参考にすべき質問をくださったので、なんとなく良い発表だったような気がしてきてます、もちろん気の迷い以下、妄想以上だと思います。

 その後、他の方の発表を聞かせてもらったり、もう帰ってしまった友だちに頼まれていた分の発表を聞いたり、とてもよい感じの学会だったと思います。

 帰り、東京駅で新幹線に乗って発車を待っていたら、窓の外から列車内のちっちゃな子どもに手を振ってる人がいて、うんうん、へえ、と思ってよくよく顔を見たら、大学のときにいろいろお世話になっていた先輩でした。うおおおおおと思って子どもの顔をよくよくみたら似てるように思えてくるから不思議です。かつ、その子どものそばにおじいさんらしき人がいて、ということはこのおじいさんは、その先輩のお父さんなわけですよ。ホームに出て先輩と少しだけ話せました。とてもよい東京旅行でした。お子さんとおじいさん(お父さん)は、これから夏休みなのでちょっと関西方面へ行くんだそうでした。

 そういえば夏休みなんですね。

 東京ではすこしゆっくりできたし、京都に帰ってきてからも少しゆっくりできました。新幹線の中で『冷たい校舎の時は止まる』の上巻を読み終えました。購入前は期待していましたが、裏表紙を読んだり帯を読んだりしてるうちに期待は徐々にすぼみ、それでも中巻を買い、‥‥という無期待状態から読み始めたのが良かったのか、思っていたほどひどくはなさそうです。続きは1日以降だろうなあ。

 25日、帰ってきて洗濯しながら野球を見たような気がします。アパートの洗濯機は共同なのですが、一人どうも「共同」ということをわかってない人がいて、それが難です。カゴか袋を用意してほしい。苦情を書いて置いておいたら、「指摘ありがとう」というむねの返信があって、でもその後もやっぱり同じ人がカゴも袋も置かずに洗濯し続けています。

 自分が何かをやって「苦情を言われた」又は「怒られた」あるいは「罰せられた」という結果がある場合、その結果は不幸だ。しかし、自分が他者の苦情や怒りを惹起したり処罰されたりするモトとなった行為それ自体には何の問題もないし、その状況下で自分がその行為をおこなったという「こと」にも問題はなく、苦情や怒りや処罰をうまくやり過ごせばそれで良いのだ。

 という風潮が 恐らく有史以前から ときたま見受けられるような気がします。コレさえなくなれば、人類は案外ものすごい高みへ行けるような気がしております。

2004年7月24日(土) 7月28日(水) 17:00 +0900

◇ 印仏研(1)。

 朝の6:30に東京駅に着きました。JRの東京駅は東京メトロ(旧営団地下鉄)の日本橋駅や大手町駅と地下でつながってます。それを伝って伝って半蔵門線に行きたかったんだけど、表示がよくわからんのよ東京駅。ひょっとすると書いてあったのかも知れないけれど俺はよう発見せんかったので一度地上に出てから大手町駅へ行き、半蔵門線−東急田園都市線に乗って駒澤大学へ行きました。駅を降りてやたら迷い、駒澤大学のキャンパスをぐるっと一周してからキャンパス内に入りました。

 24日はわたし発表がなかったので少し気が楽でした。友達二人の発表が新門さんの発表を挟んでいたので、その二人と話す関係で、新門さんとも初めて話すことが出来ました。わたしこう見えても見かけどおり権威とか肩書きとか誰の子孫かとかいうのにめっぽう弱いので、話せてとても嬉しかったです。サイン貰う気にはさすがになりませんが、そして想像でしかありませんが、木村佳乃様と話すときと同じかそれ以上の緊張を味わいました。ああ、もちろん聞き流して下さいね。本気で書いてるわけじゃないですから。

 友だちの発表、すごく良かったです。どういう質問が出るかなあと思って見ていたら、質問でも意見でもない「まったく関係ないことを言うけれどあなたコレを知らないでしょう?」という、発表と本当に無関係な知識の披瀝発言がありました。いちばん最初に手を挙げて「まったく関係ないことを聞きますけれどね!」とおっしゃるのは失礼だとわたしは思います。たとえば他者を思いっきり殴って悪いと思ってないのに「すまんのう!痛いのは解っていたさ!へらへらへら!」と言うのと本質的に変わらないと思ってます。イラチなわたしはすぐムカムカ来たので「発表と何の関係もないことを聞かないでください!」と言うべく挙手したら、司会の方も困っていたようで、「はい、別の方からも質問があるようです」とおっしゃってその人の発言を途中でブチ切って、 ‥‥ わたしの発言は質問となりました。その後さらにその人が喋ろうとしましたが司会の人がその人からの嫌われ役になってくれて良かったです。

 学会は学会であって「ナモアミダブツが正しい!ナムアミダブツはマチガイ!ごごごご!」とか「旧暦と新暦の計算間違い!ばばばば!」というエッセイをなまくら包丁的にいやらしい言葉遣いで読み上げるための場所でも、他の人の発表内容を一切ふまえずに「関係ないことを聞きますがね!」と大声で言って悦に入る場所でもないと思います。その人の発表が学術的にも態度的にもくだらない、それは仕方がないと思う。でも他人の発表をないものにする権利がその人にあるようには思えません。

 クールダウン、クールダウン。‥‥。

 ええとですね。

 木村さまと言えば、9月に20万円?くらいで一緒に団体パック旅行に行けるという話があるようです。話したり写真撮ったりできるそうです。詳しくはファンクラブのサイトへどうぞ。「リンク」の頁から行けるようになってますので、ふるってご参加ください、わたしはおそれおおいので行きません。

 その後、高田馬場へ出てサンクスでレジュメの原稿をコピーし、折るだけはそこで折り(付近のカラオケ屋さんの店員さんが大挙してハンカチを買いに来てました)、「ジャンボ」跡地にできた「おばけ食堂」が待ち合わせ場所だったので行ってみたらやたら混んでいて入れなくて、外で待つことになりました。

 待っていたら、よく麻雀をしていた後輩がさらに後輩を連れて通りかかって、すっごいびっくりしました。びっくりしたのは向こうも同様だったようで「あっ!いしだちしゅう!」ってフルネームで呼ばれました。先輩なんだから、ウソでも良いから「‥‥さん!」って言って欲しかったかなあ。まあわたしは彼の名前を名字だけ2時間後にやっと思い出したので、それよりはフルネームを一瞬で思い出せる方がいいわけです。

 大学のときの先輩や友達、後輩と、ひさしぶりに楽しく飲めました。とっても懐かしくて、とっても新鮮で、ともかくわたしはとても楽しかったです。ありがとうございました。次の日の朝に学会の発表さえなければカラオケも麻雀もしたかったです。でも、本当に、楽しく飲ませてもらいました。ありがとうでした。

 その後、友達んちに泊めてもらいました。お風呂いただいて、少し話して、そのままくーっと眠って、貸してもらった目覚ましで、6:30に起きました。

2004年7月23日(金) 7月28日(水) 17:00 +0900

◇ バス。

 安居に出て、すぐ部屋に帰り、レジュメを仕上げました。できあがったのは19:00過ぎでした。それから二部プリントアウト(印刷用・チェック用)しながらシャワーを浴び、荷物をそろえ、京都駅へ行き、バスに乗り、東京へ向かいました。何か食べてから乗らないと酔う酔う! と思ったんですが、疲れがたまっていたようで、耳栓したのもあったと思うけど、ともかく夜の1:00から朝の6:00まで、一度も起きずにぐっすり眠っていたようです。すばらしい。

2004年7月22日(木) 7月28日(水) 17:00 +0900

◇ ゴム麺。

 こんにちは。ひさしぶりです、いしだです。日記を書くのは一週間ぶりになります。日々の出来事についてノートを取っていたわけではないので、すべて記憶に依るものとなり、つまりところどころにウソや勘違い、妄想も入るかと思いますが、頑張って書いてみます。

 22日は特別論題「脳死・臓器移植」の二日め、ディベートでした。一日目の議論?ディベート?をふまえての討議でした。聞いている分にはとても参考になって興味深かったです。内容を録音することは去年から引き続き・昨日に引き続き禁じられましたのでいちいちを紹介することはできませんが、印象に残ったのは、いちばん最後の方がなさった調味料に関連させたご法話でした。ひとことで言えば『高瀬舟』やキヴォーキアンを絶賛していたミイラ取りがミイラになる、一つ目小僧をつかまえて見せ物にしてやったらもうかるべや! と言って一つ目小僧の国につかまえに行ったら逆に自分が見せ物になってしまう、生命倫理ならではの、そういうお話でした。オチが伝統的で完璧で、素晴らしかったと思います。

 その後、たぶん帰りがけに小川珈琲でレジュメを作っていたような気がします。となりのおじさんがホウタイを巻いた手をやたらにプラプラさせて、その白と黒のコントラストがやたら視界に入って、集中力が減退したのを覚えております。まだまだでございます。

 ‥‥そしてラーメンを食べに行ったら、その日に限って店長じゃなく奥さんの方が調理されて、典型的な「努力したんだけどのびてしまいましたごめんなさい」ラーメンをいただくことになりました。思うのですが、ラーメンもパスタも、他者に食べさせる・他者にも食べてもらう場合には茹で具合を確かめるべきだと思います。自分でそれをする自信がないのなら、店長が「○分○秒ゆでる」とおっしゃってるのに正確に従うべきだと思います。

 スープもチャーシューもシナチクもネギも、一緒に注文した餃子も何もかも美味しいのに麺がのびてるラーメンというのは、最高級のブルマンを挽いて出したコーヒーなのに一緒に合成ゴムまで挽いてたよ! という感じの悲しさに似ています。

 地元の美味しいラーメン屋さん、わたしが好きなのは二軒ですが、そのどちらも、今思い起こしてみますと、マスター以外の人が麺をゆがいてるのを見たことがございません。それって、今考えるとすごいことだと思います。素晴らしい。あり得ない。でも実際にあった。俺は本当にラーメン的な環境に恵まれていたんだなあと、今さらながらに身にしみております。北京亭・味福 Love。

2004年7月21日(水) 7月22日(木) 1:10 +0900

◇ (>_<。)。

 今日は安居の特別論題、「脳死・臓器移植」でした。ディベートに参加するためにしていた準備はなかなかしっかりしてた(と思っている)のに、自分が喋ることのできる5分間だけ完璧に真っ白になってしまいました。わたしとしてはある意味すごく勉強になったんですが、チームの皆さんはもちろん、聞いてくださっていたすべての人に申し訳なくてたまらなかったです。

 ‥‥その後聞いたところでは、パソコンをぱちぱち触って資料ひっくり返しまわってるように見えたのもよくなかったんだそうです。わたしとしては、「まとめ」の発言だったため、最初の発言から最後の発言までノートを取っていて、それを参照していただけなのですが ‥‥ ネットか何か、パソコンの中に得体の知れないとてつもないものが入っていて、石田はそれを見ながら喋ってるように見えたんだそうです。あてになりませんね、人間の感覚なんてものは。と俺が言うな。 ←2004年7月28日追加)

 ‥‥ええと、当日の話に戻りますが、これほどすごいまっしろはひさしぶりでした。真っ白になっている間に思い出せたのは唯一「あの席にいちばん最初に座ったときは誰でも真っ白になるよ」というアドバイスでした。それをそのまま言えば良かったんではなかろうかといま本気で思っているくらい、言わなければいいことばっかり言っていた、気がします。

 その後、別のところで靖国関係のシンポジウムをやってたので見ました。

 その後、勉強会に出て、セカンドハウスでパスタいただいてビールおごってもらって帰ってきてます。メールを受信しようとしてるんですが、サーバに巨大なウイルスzipが二つも居座っていて、どうもうまくないです。

 ソネットでそのメールを削除しましたが、やっぱり変です。メールソフトをインストールし直しましたが駄目でした。何が原因なんだろう。考えても、行動しても、いずれも有効な対応策を発見できませんでした。何かよい方法を知っている方がいらしたら、メール以外の方法で教えてください。

 明日というか今日も早いのでもう眠ります。しくしく。毎日4時間くらいの睡眠なのによく動いている。ただ、頭がうまく動かないことが多くてそれが参りますね。印仏研のレジュメは明日書くしかなくないなあ‥‥。

 ではー(+_+)/~~

2004年7月20日(火) 7月22日(木) 0:50 +0900

◇ 更新なし。

 ディベートの準備をすごく頑張って、そのあとクールダウンして、そして飲みに行ってなかなかフラフラに成ったため、更新ありません。

2004年7月19日(月) 7月20日(火) 0:25 +0900

◇ 今日はちょっと‥‥

 今日はちょっと、更新そんなにできません。まだディベートの「立論」(案)が上がっていませんので必死に書いているところに、電話があって話してました。今週末に東京に行く関係です。大学のサークルの先輩・同輩・後輩と飲めそうです。同じ電話で三人ぐるぐる代わってもらえて「脳死」関連でいろいろアドバイスをもらえました。ありがとうございます。他に嬉しいメールももらったし、協力してくれた方、本当にありがとうございます。

 さてさて、どんな感じのディベートになるのか。というか「立論」を書かなければ。「尋問」を想定しつつ、明日チームのみんなで叩くための、現時点で最高のものを‥‥。

 うーん、うーん。

 そうそう。印仏レジュメは少し休み。

 チームのみんなで話したとき、わたしやっぱり知識だけのいやーな感じの人になってしまって、とっても恥ずかしかったです。でも、いやーな感じの人になってる瞬間はそれに気づけない。なりそうになったら気づけるようなサーモスタットがきっとわたしにはついてないのかもしれないな。でもいつかきっとなりたい。というよりわたしって根が相当に意地悪なのかな。意地悪なんだろうな。意地悪であるに違いない。げしょげしょ。

 なんて書いてるうちに結構書いてますね。

 ではです。

2004年7月18日(日) 7月18日(日) 18:10 +0900

◇ 安居。

 早起き(4:30)したので今すこし眠いです。

 昨日から始まった安居、今日はお晨朝のおつとめを担当させてもらいました。非常に緊張しました。予鈴が鳴ってから前に出て行って調声をしたのですけれど、「本当は金が鳴る前に出て行って、もう座っとくんや」というアドバイスを、おつとめが滞りなく終わった後で複数の方からいただきました。ありがとうございます。一度完璧に間違えたことになると思いますので、もう同じ間違いはなかなか出来なくなったはずだと思います、たぶん。

 問答(もんたつ)は「機法一体」で、【出拠】と【釈名】まで終わりました。明日以降、【偽装】(いいえ)【義相】に入ります。

 熟練の方に聞いたところ、問答のコツというか心得としては、

  1. 相手の言葉をよく聞くように。
  2. 問も答も短めに、なぜなら、長く喋ると相手が困るし自分でもわけわからなくなってくる。
  3. 初回は頭の中は確実に真っ白になります。
  4. 「0.」にも関わりますが、メモを見続けてはいけません、相手の顔を見ているように。

 ‥‥ ということを挙げていただきました。有難うございます。今回確実に一度以上は担当させて貰えるそうなので、戦々恐々としながら待つことといたします。


◇ 意見募集。

 21日、22日と、安居で「脳死・臓器移植」関連のディベートがあります。石田はそのうちの21日のディベートに「反対派」の立場から参加することになりました。

 日程の詳細はこちらを。【安居日程表】PDF

 つきましては、「脳死」と判定された身体からの臓器摘出と移植という事柄について、「それはすべきではないと思う」と言う人間に対する反論を考えて、いしだにメールしてくださるか、掲示板に書き込んでくださるととても嬉しいです。

 ‥‥と申しておるのですが、申し訳ありません、日にちがありません。ディベートはチーム競技ですので仲間とも話し合いたいです。なので、【メール】【書き込み】

19日の夜までに

 なんとかいただけたらとても嬉しいです。感情論からの反論、論理的っぽい反論、土俵を変更しようという反論、なんでも良いです。

 本音としては、「脳死・臓器移植」でディベートをするのはどうかと思います。なぜならこの問題は机上の空論ではなく、実際に動いている問題だからです。わたしの場合、そういう問題でディベートをすると、たぶん冷静でいられなくなりそうだからです。 ‥‥ というか、

いしだの性質がディベートに向かない

 と言うべきかもしれません。わたしはきっと「犬は黒いか白いか?」みたいなどうでもいい問題でも絶対にムキになれる自信があります。なんだかなあ。

 でも競技ディベートですから、どうせやるからには勝ちたいので(をい)、事前アドバイス、よろしくお願いいたします。 ‥‥ 顛末はもちろん主観的な立場から報告いたします、ええ、もちろんです。客観的なモノは恐らく本願寺の公式な何かから出るかもです。出ないのかな。いやわからないですね。

 なお、日程表にあります20日の講演会は、布袍輪袈裟をつけていれば潜り込めないこともない、かもしれません。わたしは去年それをしようとして自転車で大宮へ向かっていたら車にぶつけられて自転車は廃車、一カ月以上右膝が痛いという、いやぁな感じでした。

 ではでは。わたしはとりあえず印仏の発表原稿の捏造という壮大な作業を続けます。その後、今日のところは早寝します。予定。今日の日記は長かったですね。

 煮詰まったらまた書きに来ます。(もうグツグツ音がしてる。)

2004年7月17日(土) 7月18日(日) 4:00 +0900

◇ 安居。

 安居が開始しました。明日のお晨朝が担当になりました。問答はまだです。テキスト3冊を買い、印仏用のバスチケットを買い、雪駄を買い、かなりな出費となっております。

 印仏のレジュメはまだできあがりません‥‥。

2004年7月16日(金) 7月17日(土) 1:05 +0900

◇ 鶴。

 広島に鶴を送る話、各メディアに載ったそうです。新聞を二つ見せてもらいました。一つはネット記事もあるのでリンクします。

 ‥‥記事のどこにも「人間・科学・宗教 オープン・リサーチ・センター」とは書いてありませんが、かなり関わっているのです。それが全然書いてなくて、それが少し残念であります。あと、なんにも関係ありませんが、この写真はぼくのデジカメによって撮られた写真です。もちろんぼくが撮ったわけではありません、そのときは大阪でした。

 で、今日は鶴を少しつなぎました。『ほら男爵の冒険』に出てきましたよね、脂のカタマリに長いひもを付けておいて鴨がいっぱいいる池に放ると、それを見付けた1羽がぱくっと食べて、脂は体をへめぐっておしりから出て、それを見付けた2羽めがぱくっと食べて、脂は体をへめぐっておしりから出て、それを見付けた3羽めがぱくっと食べて、脂は体をへめぐっておしりから出て、それを見付けた4羽めが ‥‥ という話。ああいう感じでつなぎました。鶴も鴨も本質的には「トリ」なので全然オッケーでした。

 ‥‥縫い針とテグスでつないでいます。

 思ったより時間がかかっております。びっくりです。みなさん忙しい時期なので(学生は前期のテストなんですね。)27日と来月3日にもう一度集まることになりました。(詳しいことが知りたい方がもしいらしたらメールください。)


◇ やっと書ける鴨。

 印仏研の発表原稿がまだ完成しておりません。とりあえず「もう資料は十全に集まりました。」ということにして、何かこちょこちょ書いてみます。日程的には、23日の深夜バスで出発、24日の朝から出席、西葛西のホテル泊、25日の午前中に発表、質問をもらい、あわあわしながら答え、「お話にならないよ」と言われ、呆然とし、午後か夜に新幹線でテキトーに帰ってくる、という感じで考えております。

 そういう感じで印仏研の発表原稿がまだ完成しておりませんのですけれど(二度目)、安居ルモアの方がお先真っ暗なほど心配で心配で、なんか、「まー、印仏はさー、安居に比べればどうってことないんじゃなかろうか?」というふうに考えてしまって、ちょっと良くないです。「安居の方が印仏より大変」というのはその通り。その通りなんだけど、でもそれは二つを比べた場合の話であって、「地球って太陽や銀河や宇宙の大きさと比べるとお話にならないくらいちっちゃいよ!」って言ってるのと一緒です。銀河系と比べれば小さい!と言ってもわたしから見れば地球が巨大であるという事実がいささかも変化しないのと同様、安居が大変だからと言って印仏の大変さがそれによっていささかでも減少するかというとそんなことは全くないわけです。

 うーん。理屈っぽい。

 取りあえず、安居は明日からです。テキストを買ったり勉強したり勉強したり勉強したり。印仏は取りあえず深夜バスの予約から始めます。座席はまだ空いてるのだろうか‥‥。

 そんな感じなので明日からは日記がとても短くなるかと思います。まったく更新が滞ってしまうかも。 ‥‥ あるいは何かが弾けて2万字とか、ヨッパライみたく絡み出すかも。さてどうなりますか。

 映画は初日が断然フィルム綺麗。でも今回はたぶん8月入らないと無理。ああ、とってももどかしい。わたしはどんな気持ちでスチームボーイを見るんだろう。言い訳しながらだろうか、晴れ晴れとした気持ちでだろうか。

 ではでは。

2004年7月15日(木) 7月16日(金) 3:00 +0900

◇ 大阪のお寺。

 【大阪のお寺】の法要に参加させてもらいました。安居に出るための法衣ひとそろいが昨日ちょうど届いたのでちゃんと白衣・布袍を持って行けました。でも黒衣は重いのでお寺で色衣と五条袈裟を借りました。

 メインは恐らくお説教だったんでなかろうか。同年代、じつは年下のご講師さんのお話で、なんか身につまされる話でした。昔実家で聞いたのと同じような流れの部分があったんだけど、10年くらい前に聞いたときと全然わたしの反応が違うんです。なんでかなあと思ってちょっと考えた感じでは、教義的に言えることと言えないことをキッチリ分けた上で、でもお説教として「わたしはこう思っています・こう受け取らせていただいてます」というところをおっしゃってるからかなと思いました。

 「わたしはどこにいるのか?」という内容で、一部に六道(ろくどう)のお話がありました。六道というのは「地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天」のことで、仏の、サトリではない世界のことです。で、我々は仏になったりお浄土にいったりせん限り(あれ? そういえば六道とお浄土と仏との位置関係がいまいちはっきりわかってないな、わたし)、この六道をぐるぐる輪廻し続けてしまうのです、という考え方を仏教ではしています。(「これが信じられないと仏教徒とは言えません!」的な考え方もあります。)

 昔々、別のところで今日とは別の布教使さんは

 「我々は人だけど、実はこの六道を日々ぐるぐるまわってます。地獄の鬼のようになったり、餓鬼のようにむさぼったり、修羅のように争ったり、でもたまに人になったり、天人のようになったりする。輪廻というのは生まれ変わり死に変わりで経巡るものではなく、毎日のわたしたちのあり方そのものであったんですね。」

 的におっしゃったんです。それでわたしは「譬喩は譬喩としてとってもよくわかるんだけど、でもその言い方は決定的におかしいだろ?」と思いました。「○○である」と「○○のようである」とはまっったく違うとわたしは思っています。

 今日のご講師さんは、

 「我々は人だけど、実はこの六道を日々ぐるぐるまわってるようなものかもしれないと思います。地獄の鬼のようになったり、餓鬼のようにむさぼったり、修羅のように争ったり、でもたまに人になったり、天人のようになったりする。輪廻というのは生まれ変わり死に変わりで経巡るものではなく、毎日のわたしたちのあり方そのものであったと言えるのかもしれませんですね。」

 ‥‥とおっしゃって、これにいろいろ絡めて語ってくださいました。それが、なんかスッキリ落ちてきました(実際に落ちてきたのかどうかはわからないけどそういう気がしました)。「地獄には鬼と亡者がいるんだそうです。鬼というのは他人の間違いや罪を許せない。亡者というのは自分の間違いや罪を全然気にしない。 ‥‥ ってことは、わたしたちは地獄に行ったことはないけれど、毎日地獄を見てると言えるのかも知れませんね。」的におっしゃった。それを聞いていて、はあなるほど、譬喩としてはわたしは地獄にいるのか、なるほどねえ、子どもの時にじいさんが「ちしゅーの行動がちしゅー地獄を作るんだよ」と言ったのは恐らくこういう意味ではなかったんだろうけれど、でもあの言葉で説明ができるんだなあ、なるほどなあ、 ‥‥ と、迂闊にも思ってしまいました。

 ご講師さんの語っている内容は、昔聞いたのと今日聞いたのと、ほとんど同じなんです。でも教義的に言えることと、自分の解釈の入ってくる「このように受け取らせていただいています」との区分けの線がすっごく明確に引かれているのと、いないのとでは、こうも受け取るときの気持ちが違うのか、と思いました。

 そして、そんなちっちゃな違いで、素直に受け取れたり受け取れなかったりする自分って何なんだ、なんだなんだ、ってふうにも思いました。

 とにかく、頭のカッチカチなわたしにはとても有難かったです。

 たぶん印仏と安居ルモアという恐怖の二大大王がすぐそこに迫ってきているので、わたしはメドゥーサに魅入られたかのように、とても弱気になっております。誰か僕に優しくしてよ!みたいな。それもあって今日はまるでぼくじゃないみたいに素直な一瞬があったのかなあ、と思ってます。

 とにかくとてもお世話になりました。ありがとうございました。


◇ だけじゃないクマグス!

 今度のNHK『その時 歴史が動いた』は南方熊楠(みなかたくまぐす)だそうです。安居ルモアその他で頭のなかやばいことになってそうなので、早めにビデオ予約をセットしようと思っております。

 どうもエコロジーがメインの番組になってるっぽいです。でも【パドマ】での展示を見たり、その展示を整えた先生方の話を聞いたりした感じでは、全然、エコロジーだけがメインの人間ではなかったっぽいです。エコロジーだけじゃない熊楠!

 かなり受け売りになりますが、彼の行動や思考や研究やエコロジーの裏側には、仏教が息づいていたのですねえ ‥‥ 。と、先生はおっしゃっています。わたしもそう考えたいのでそう考えております。


◇ ちゃ、ちゃちい。

 「スチームボールキーチェーン付き」大人チケットを買ってきました。スチームボールも、そのチェーンも、どちらも携帯にくっつけるのを少しためらってしまうほど緩い感じがします。どうしよう。付けたい気持ちはやまやまだけど、付けたらすぐ取れてなくなってしまうかも知れない。でも、付けておかないと、それはそれで、この部屋ではなくしてしまうかもしれない。ということで悩んでおります。

 ‥‥肝心なのは、妥協です。

 たぶんすぐくっつきそうな気がする。

 祇園で鉾が建ったからでしょう。浴衣を着た女の子をたくさん見ました。コンビニで見た浴衣の女の子とTシャツの男の子の二人連れは、その位置関係と目の角度から判断するに、本を読んでる女の子の胸元を男の子がのぞき込んでるように見えて、ちょっと不思議でした。「おまえ別に今見なくてもいいじゃん?」みたいな。

 まあまあ、愛にはいろいろなカタチがあるのですよね。

 上の話とは全然関係ないんですが、今朝、思わぬ場所で思わぬ知り合いに会いました。そういう突然の邂逅の時って必要以上(?)にキレイに見えることがありません? ちょっとびっくりしました。

 ではでは。

2004年7月14日(水) 7月15日(木) 3:00 +0900

◇ 鶴を折らずに経をいただく。

 明日は、と言ってもコレを書いてるのは15日の2:00頃なので「今日起きたら」という感じですが、午前中に京都を出て、午後から大阪の先輩のお寺で法要がつとまるのでそれに出させてもらって、どうやら知り合いの方がなさるらしいお説教を聞かせてもらってくることになりました。

 ちょっと前までの予定としては、深草の、お世話になっている先生の講義の時間中に友だちが鶴(仮称:届けよう!プロジェクト)【鶴】(折り紙は7センチ四方)の説明をするのや、それに賛同した学生が鶴を折るのや、先生が用意している鶴関連のビデオや、あるいは来るかも知れない報道関係の報道の仕方なんかをデジカメで撮影する予定があったと言えばあったんですが、もっと適任の人がいるので(プロジェクトの中心にいる二人が説明をしたり手ずから写真を撮ったりすれば、それこそが「一から手作り」を証明するすんごい図になるわけです)、わたしは大阪に行っていいことになりました。よかったよかった。「それでもわたしは鶴を折る!」ではなくなってしまうんだなあ、明日は。金曜にはしかし何羽か折りたいものです。


◇ 夕立。

 パソコンショップに行くと、カメラなどの壊れものを一時的に入れるのに好適そうな袋を800円くらいで売ってます。前まではデジカメをその袋に入れて持ち運びしてたんですが、その袋は財布などを入れる袋としてもなかなか便利です。それに気付いてからその袋はデジカメ袋でなくなってしまっております。でもカメラを貸すことになったので格好つけるためにもそういう袋がもう一つ欲しくなりまして、でも800円は高いので、たしかダイソーでもそういう袋を売っていたのを思い出して、それを買いに近所のスーパに行きました。

 ‥‥それだけを買いに行ったのに、最近売り場が変わったせいか発見できませんでした。いやさすがにダイソーはわかりました。でもその袋がどこにも発見できませんでした。悲しかった。

 仕方ない、もう一軒の方の100円ショップ系に行くか、と思って外に出ようとしたら、なんだよいじめかよ!外出たいんだよ!さっきまで何ともなかったじゃねえかよ!ってくらい雨がざんざか降ってました。ああいう時って雨宿りしてる人の中にゆるやかな一体感が生まれるような気がするのはわたしだけでしょうか。とにかくひさびさに大雨を見ました。

 ほどなく止んで、ちょっと涼しくなった気がしました。でもすぐまた太陽が照って、夏っぽくなりました。 ‥‥ 北海道は涼しいんだそうです。ついこないだは寒くてストーブ焚いたんだって。大丈夫かな。


◇ シンフォニック。

 大友の映画のサントラを買ってきました。CMやPVで流れてる曲も入ってます。なんとも正統派っぽいシンフォニーに聞こえます。ちゃんと100人のオーケストラを組んで録ったんだそうです。うんうん。楽曲的にどうなのかはわたし専門家でないのでよくわかりませんが、ゆったりめの曲はゆったりめだし、『惑星』の『火星』からいただいた感じの曲はあおるし(バイファムみたいだ!)、スカーレットはちょっとスカーレットっぽいって言われたらそうかもだし、印象的なフレーズもあるし、まとまったような落ち着いた感じがします。

 映画の方は、安居もあるし、印仏もあるし、わたしはたぶん8月に入らないと見られないんだろうなあ。それまでコレでせいぜい予習しておきます。前売り券は明日ローソンに受け取りに行きます。え? うん、二枚目かも ‥‥ 。一枚目はポストカード付き、イノセンスを見た劇場にて購入。明日もらうのはスチームボールの携帯ストラップ付きなのだ。

 ‥‥あんご、あんご、みんなで歌おう。

 ではー。

2004年7月13日(火) 7月14日(水) 2:55 +0900

◇ 紛失。

 ふと気付いたことには、6月28日から30日までの三日間の日記を消してしまってます(正確には「紛失」でなく「消去」)。たしかそのころは日記の更新が滞りがちで、たぶん一週間ぶんくらいを「えいっ」と書いたような気がしてます。そのときに6月の日記を6月のファイルに、7月の日記を7月のファイルに、 ‥‥ という振り分けを失敗して、保存したつもりで消去してしまってたんだと思います。たまーにあります、そういうこと。

 しかし、忘れても読めば思い出せるように書いてるのに、日記そのものを消してしまったんではお話になりません。ショックです。まったくまったく。「キャッシュ」を一応探しましたけど残ってなさそうです。2004年6月28日から30日の日記をもし見つけた方は、よろしかったら保存してご一報ください。うまいこといったらビール1ケースくらいのお礼はいたします。


◇ すごい。

 西元先生の本(『花はどこに咲いているか』文芸社)を今日読了しました。いま紹介文を書こうとしています、が、一度書いて寝かしてもう一度本と紹介文の草稿を読み返して推敲した方が良いモノになりそうな気がしてますので、もう少し待っていてください。

 感想だけ申しますと、面白かったです。

 とても面白かったです。

 最近の石田はこう見えてかなり疲れてます。でも「この本はぼくのために書かれた本なんだ!」って思いこんで先生に電話したりせんかったので、まだ大丈夫みたいです。うまい言い方が見つかりませんけど、多分そういうふうに感じる人がたくさんたくさん出そうな本に思えました。標的がはっきりしている気がします。奥付には「2004年7月15日」とありますけれど、現在すでに入手困難だそうです。

 ふふふ。レアもの。(//▽//)


◇ これは使おう。

 とても気分がよくなったので、そのまま手段的な本も読みました。ぶ厚いぶ厚い本なのに一日で読めてしまいました、ってことは斜め読みですね間違いなく、わたしは速読ってのができないヒトですので。『解はひとつではない グローバリゼーションを超えて』【bk1】 です。

 こないだ譬喩ではなく本当に「うーん、うーん」と言いながら一冊だけ読んだ佐伯啓思さんが引用されていました。龍大は深草にしかないんだそうです、その論文の掲載された雑誌。雑誌ソノモノはメジャーなんですが、仏教系私大の図書館にとってその本は、ふふふ。レアもの。 (>_<。)

 他にもいろいろ(わたしの今度の発表に使えそう)な論文がところどころに紹介されていて、すごいなあ(まるで俺のために書かれた本やないか、いやそんなことはないんだけど、とにかくちょっと助かったと思う、ありがとう!)と思いました。「アンチ・グローバリスト」という立場がある!ということもわかってわたしは嬉しかったです。途中「織田信長の時に真宗が勝っちまって今も真宗が牛耳っていたとしたら今の日本の繁栄はなかったよね!」って書いてあったのを読んだときは気が抜けて笑ってしまいましたけど。

日本がこれくらい発展したのは、原理主義者ではなかったからです。もし日本が織田信長のときに世俗国家にならないで一向宗に負けていたら、日本は絶対にこういう国にならなかったでしょう。今、テロをおこしたり、アメリカに行って一向宗徒が何か行動をしたかもわからない。
ディスカッション中の
李御寧(イ・オリョン)さんのコメント
p.238

 たぶん「一向宗」と「真宗」が同一のものであるという事実をあんまり気になさっていらっしゃらない気がします。笑い話としては面白いんですが、いかんせん、わたしは現在の真宗教団がまったく原理的でない気がしてますのであんまりピンと来ませんでした。

 発表の内容は「今のように、経済的な利益を追求する価値観だけでやっていくわけにはいかない。今回の発表では、それに変わる価値観を模索し、真宗学的な見地からある一つのモデルを提示できれば良いと考えている。」という当初の計画の延長にあるはずなので、直接はあんまり関係ないかもしれませんが、なるべくならココも「註」にコッソリ引用したいなあと思っています。

 というかちょっとくらい頑張らないと!

 って感じです。ではです。

2004年7月12日(月) 7月13日(火) 13:13 +0900

◇ 論文。

 学会発表のレジュメがまだ完成しておりません。去年のようにまた質問が一つも出ない発表にはしたくないので、

  1. 内容もレジュメも完璧に仕上げて「素晴らしい発表でした。ところで‥‥」という方向の質問をGet!(それってどういう方向なのだろう?)
  2. ぼやーっとした発表をして、輪郭をはっきりさせてくれるような方向付け系の質問をGet!
  3. 誰も知らなかった新事実をデータとともに提出する発表をおこない、その事実の内容と信憑性に関する質問をGet!
  4. ツッコミどころ満載の発表をして「きみは何がしたいの?」という質問をGet!

 のどれか(複数回答可)になるような発表をすべく、仏教と経済との関係について研究している先学の論文を探し求め、入手して読み、学術論文とエッセイ論文とを分類したり、エッセイ論文が圧倒的に多いような気がしてきて、先学の決して少なくない人数がそれで案外許されているようなので、自分もエッセイの方向に逃げてしまおうかなあと思ったり、いやそれでは自分にとって良くないでしょと思ったりしております。なお、去年は

  1. ツッコミどころ満載すぎて呆れて誰も何も言わない‥‥
    ‥‥ちしゅーはまったき言葉の闇を手に入れた!

 という感じの発表でした。


◇ すぐに傷む。

 こないだ買ってきたニンジン、もうところどころ傷んでました。削って削って切って切って、シーチキンと一緒に炒め、タマゴも割ってさらに炒めて、少しくらいはベータカロチンな夕食でした。

 それにしても、もやしって冷蔵庫に入れておいてもすぐ駄目になります。同じ大豆由来なのに豆腐や納豆とはえらい違いだと思う。 ‥‥ そうか、生まんまで加工してないからか。緊張感があってとても良いと思います。

 もったいないので、買ってきたらなるべくすぐ、でも気を付けてもりもり食べます。

 ではです。

2004年7月11日(日) 7月12日(月) 22:00 +0900

◇ 洗濯など。

 期日前投票をしてたので、あわてて投票に行くでもなく、ゆっくり起きたりゆっくり転がったりゆっくり洗濯したりしてました。休養という面から見ればすばらしい日曜日だったと思います。

 大相撲では、朝青龍がすんごいブリッジを見せた直後、やっぱり背面飛びみたいな無理な体勢になって勝ってました。体が柔らかいというのは良いことだ。わたしは体も頭もカチカチです。筋肉とおなかはぷよんぷよんで、ちょっともう少しどうにかならんのかね、みたいな感じです。

 休養以外の面から見れば、何をしてたのかよくわからないパッとしない日曜日でした。選挙は思ってたのと同じ方向性の結末でしたが、ちょっと物足りない感じでした。たぶん次の選挙までにはまた国政に関係のないセイソウノグが発明されて国会は学芸会になり、わたしをはじめとする選挙民は政策ではなく人気に注目して投票所に行くので、政権交代は起こらないままでせう。

 でも次は臓器移植法の改定が本気でセイソウノグになってしまう気がします。そうなると ‥‥ 議論せずに制定されるのが最近の法律の最新流行なので、没論理のぐっちゃぐちゃな妄想にすぎないノトーリアスすぎる町野案が通りかねない、気もします。

 森岡・杉本案が最善というわけではありませんが、ともかく町野案だけは阻止するために頑張ります。わたしに何か案があるわけではありません。でも今は現状維持が最善のような気がしてきております。

 安居でも臓器移植についての話し合いがあります。当然「町野案」にどう対処するか、どうしていくか、という話も出るはずです。連絡がないということはわたしは外野からの参加ということになったのかなあ。今年が初めての参加ですからそりゃそうかもです。

 ではー。

2004年7月10日(土) 7月11日(日) 22:00 +0900

◇ 雨です。

 バイトに出かけようと思って用意していたら雨の音が聞こえてきました。ちょっとくらいの雨なら自転車で行くんですが、ちょっとこれは、まず不可能な勢いでした。 ‥‥ 帰りは夜遅くなるのに自転車で行けないのかー、というかこれじゃ遅れてしまうよう ‥‥ と思って慌ててバス停についたら、バスがすごーく遅れて来たので遅れずに行けました。

 カフェインを摂取してから運動すると熱量の消費が二倍になる! という話を聞きました。血管が刺激を受けるからそういうことになるのかな。でもネットで調べた感じではどういう理由でそうなるのかあんまりわかりませんでした。ともかくそういうことならコーヒー飲んでから自転車をこごう! と思っていたのに今日はこげなくて、うん、わたしがぷくぷくしてるのは雨のせいです。


◇ バイトです。

 バイトに行きました。着く直前には大降りでしたが、着いた直後からじわじわ晴れ始め、帰る頃には一面の青空でした。なんだなんだどういうことだ! ‥‥ 天気に喧嘩売っても仕方ないので、うん。

 お昼ご飯を生協でいただきました。ささみチーズフライをいただいたところ、付け合わせのキャベツが暑さのせいで変色していて、見るからに苦そうで、栄養がなさそうで、美味しくなさそうだったので、残しました。おばちゃんに指摘しようかとも少し思いましたがたぶん知ってるはずなのでやめときました。その後やっぱり鶴を折りました。「それでもわたしは鶴を折る!」みたいな。


◇ 八尾南です。

 月に一度の八尾南でした。今日は機法一体がメインで、『安心決定鈔』や『御一代記聞書』、もちろん『御文章』も網羅してのお話でした。行きは晴れていましたが、お話を聞かせてもらっているうちに雷がどかんどかん響き始めて、帰る頃にはものすごい大雨でした。お話をMuVoで録音してみました。案外しっかり録れているようです。

 「殿試」と「本願寺」でアンド検索するとうちのサイトが結構な上位でヒットするんだそうです。 ‥‥ 「ぐーぐる」だとそうでもないですね。でも「やふー」はすごいことになってます。うっかり検索してしまったその人は、殿試の情報よりも何よりも、すぐそばにあった「夢」の話が印象に残ったそうです。う、うん、たしかにそういう書き方になってるみたいです。というかどうもすみません。

 その後、梅田の居酒屋さんで少し飲んで帰りました。高かったような気もするけどとても美味しかったです。店員さんがミッフィのエプロンをしていて、ミッフィのハンドタオルで手をふきふきしていたのが好印象でした。


◇ 「御飯の友」。

 金曜日ですが、友だちの部屋でふりかけの話をしていて、たぶん流れから「御飯の友」のふりかけをもらいました。二回目か三回目。実直な感じのおいしいふりかけです。京都では手に入らないのかなあ? と思って検索していたら、 ‥‥ 実はこの熊本の「御飯の友」が日本でいちばん最初のふりかけであるということがわかりました。 おお! ただ美味しいだけじゃなかったみたいです。

大正時代の初期、日本人にはカルシウムが不足していた。そこで熊本の薬剤師吉丸末吉氏がカルシウムを補う方法を模索。魚の骨を粉にして御飯にかけて食べるというまったく単純な発想にたどりついた。これが、『御飯の友』のスタートであった。
つまり、ふりかけはもともと美味しい薬だったのである。

 ‥‥なんかすばらしく単純。詳しくは

 をご覧ください。わたしにわかったのは、京都でコレをフツウに買うことのできるお店はどうもないらしいことと、「復刻版」は絵があるだけでどこで買えるのか全然わからないということと、通販はしてないっぽいこと、です。

 しかし、ふりかけの袋には、どこにも「日本最初のふりかけ」とか「ふりかけの原点」とか書いてないんですねえ。友だちと意見が一致したのは「なんて奥ゆかしいメーカなんだ!」ということであります。

 それにしても、今日も御飯がおいしいです。

2004年7月9日(金) 7月10日(土) 14:50 +0900

◇ ラッキー!

 生協に行く途中、友達が歩いてるのを見かけました。年配の方と二人連れで歩いている。邪魔にならないように声を掛けようと思ってよくよくその人の顔を見てみたら、昨日の午後に講演してみんなを泣かせていた先生でした。これはすごい。なので邪魔になる・ならないに関係なくとりあえずついて行ったら、友達と一緒にいろいろな話を聞かせてもらえました。

 相づちを打つつもりでどんどん邪魔をしていた気がする‥‥。


◇ ラーメン二杯。

 お昼にラーメンを食べ、夜もラーメンをいただきました。こういう生活を続けていて太らなかったら、それはそれで逆に問題かもしれない。

 でも、もうおなかすいた。。。

2004年7月8日(木) 7月10日(土) 16:50 +0900

◇ 講演会。

 お世話になっている先生が本を出しました。その出版記念講演会のようなことが先生の担当している講義の時間にありました。学生にとっては毎週の講義のグレードアップ版、聴講生でないまったく一般の人も聞きに来れる、そういう講演会です。

 内容的には本の内容の紹介のような感じでした(いろいろなモノとの優先順位の争いに負けててわたしはまだ最初の部分しか読めてませんが ‥‥ )。誰かが悩んだり泣いたりしてるときには、その人のために何かをすることも大切だけれど、何かさせてもらいたいという気持ちを携えつつ、ただただ寄り添うことだけが大切である瞬間もある、という話だったような気がします。そりゃまったくその通りだと思いました。布教使さんの話とかでも以前から「坊主は語りすぎだ。門徒さんの語りに耳を傾けないで語るばかりの坊主のいかに多いことか!」というタイプのが増えてる気もしております。 ‥‥ もちろん良いと思うんですよ、その人が聞くことに多くの時間を割いているのなら「語ることよりも聞くことに多くの時間を割こう!」と語っても。

 その後、お昼過ぎから、まったく別の講演会も聞けました。ターミナルケアの実際の場面で活躍(という言い方は変かもですが)されている方の体験された個別の事例が一般化に向かう瞬間の話で、わたしはうるうるしつつ頑張りましたが、聴衆はそこらじゅうでだーだー泣いていたし、そこらじゅうで鼻をすすってました。

 個別の事例はときどきそれ自身がそれ自身の中に埋もれて明後日の方向にまっしぐら ‥‥ という場合もありますが、広げたり深めたりして一般化することは確実に出来ます。今回は講演された先生のバランス感覚が絶妙で素晴らしいと思いました。聞けて良かったです。新しいことを始めるときに大切なのは、やっぱり人間と人間との信頼関係みたいです。

 途中、午前中の講演会で聞いたのと同じ言葉が出てきてびっくりしました。それは、

Not Doing, But Being

 です。模範解答的な翻訳があるのかもしれないけれどわからないのでそのまま味わっておきます。講演されていた先生の場合は語り口から考えてほぼ絶対的に大丈夫なんだろうと思います。それでも、そんな先生でもやっぱりこのようにおっしゃるというのは、重たかったです。

 それにしても、 Think Globally, Act Locally とか All work and no play makes Jack a dull boy. とか、対句やそれっぽい表現って大好きです。ジャックの方は『裸のランチ』にも出てきたんではなかったろうか。映画を見ていたときは「勉強ばかりしているので自分はもう既にとっても駄目になっているんだなあ」って気がしました。なんだいそりゃ。


◇ (長い)いいわけ。

 その後、あんまり話したことのない友だち(たぶんもうそう言って良いんではなかろうか)と講演会の内容について話したり別の話題について話したりして、そのまま焼鳥屋さんに飲みに行きました。 ‥‥ 「話すことより聞くことの方が大切だ!」と力説するわりに、やっぱりわたしの方が多くの時間、多くの話題について好きなようにしゃべくっていた気がします。 ‥‥ たぶん全然だめなんですがここは無理に「楽しかったから良かったんだ」ということにしておきます。

 別のお客さん集団の中に、二人で話してるのの邪魔になるくらい声の大きな人がいました。その人の 「バカ!」 「違う!」 「わかってない!」 という声ばっかりが店内に響いてどうしようもならん。ひさびさに「傍若無人」の権化を見たなあと思っていたらその集団が帰り支度を始めました。ホッとしていたら、強烈に声の大きなその人だけが残り、こっちにくるっと向き直って「あなたたち若い学者と話がしたい」と言いました。

その人「きみたち若い人と話がしたい、きみたち学者と話がしたい。学問ばかりに走らないでほしい。今までのわたしたちの話を聞いていたと思うんだが‥‥」
わたし「いいえ、聞いていませんでした」
その人「「聞いていなかった」と言ってくれる配慮が嬉しい!ありがとう!」
わたし「いいえ、本当に聞いていませんでした。配慮じゃありません」
その人(もごもごもご!)

 ‥‥なんとおっしゃったか記憶に残ってませんが、何かとてつもなく強烈な悪態を吐かれました(この「れる」は尊敬・受身、どちらも可です)。わたしが「聞いていなかった」と言っているのに、理由なくそれを否定し、自分の中で勝手な物語を捏造して自分の話をわたしたち二人が傾聴させてもらっていたことにしたがる。それをもう一度「違う」と言われて否定されると、今度は悪態を吐いてしまう。

 ‥‥一体どういう人だったんだろう? 拒否して大正解だったと思います。わたしたちは「大声を聞かされていた」のであって「話を聞いていた」わけでは全然ないのです。 ‥‥ なので店長さんにお勘定を頼みました。そうしたらやっぱりまた悪態を吐かれました。なんとなく、キツネとブドウの話を思い出してしまいます。いや別にぼくがブドウなわけはないんですが。 (;^_^A

 ‥‥という感じで、友だちとそのまま別れてしまったのがすごく残念でした。

2004年7月7日(水) 7月9日(金) 13:50 +0900

◇ 部屋干し。

 早起きしました。家を出る前に洗濯して部屋の中に干してきました。いままだ出先です。帰ったらきっとからっからに乾いてくれてるんじゃなかろうか。今日の京都も昨日に負けないくらい暑かったです。エアコンの効いた二階から降りようとしたら、階段の下から熱風が吹き付けてちょっと負けそうになりました。


◇ 終了。

 前期の宗学院は日程をすべて終了しました。今日の講録の担当班がうちだったので、後期の担当分は後期が始まってから読み合わせをしても間に合いそうな気がします、もちろん休み中に各自担当箇所を読むという作業は必要でしょうけど。最後の担当分、わたしは準備や話し合いにまったく参加できませんでしたが、とても難しい、解釈のわかれる、何が言いたいのかよくわからない、そういう箇所だったようです。本番で研究員の方々がああでもない、こうでもない、と言って真剣に悩まれて、それでも全員が納得できるような読み方はもちろん無理だったり、その読み方を提案した人さえ半信半疑だけどでもこうとしか読めないんではないか?という消極的承認が精一杯だったりしてました。そんなん、班員が事前に考えてもほぼ無理じゃないですか‥‥。

 難しいです。

 外は本当に暑かったです。脳の働きがいつもにもまして悪くなりそうで、内臓に最大限に気を遣いながら脳低体温療法を試したくなるほどでした。冷水の循環するマットを想像して少し癒されました。

 その後はバイトでした。バイト前、借りてあって『リーグ・オブ・レジェンド』(リーグ・オブ・イクストラオーディナリー・ジェントルメン)を見ました。ショーンコネリーは格好良かったです。潜水艦もあり得なくて逆にステキでした。サイコーにいまいちでした。そのうちTVでやるのを待っていれば良いと思います。

 バイト後は勉強会に途中参加しました。摩訶止観は難しいです。というか、理解の範疇を超えてるところが多々あって、難しいではなく「わかりません」と根を上げた方が正確だったりしそうです。

 水曜日はそういう感じでした。

2004年7月6日(火) 7月7日(水) 19:55 +0900

◇ 四川ふう担々麺(冷麺)。

 生協の食堂で、冷やしラーメンの四川風に担々麺の挽肉がのったをの頂きました。生協食堂は時期によってメニューが微妙に変わります。たまに実物の見当がまったくつかない名前のメニューがあります。勇気を出してたのんで「ああそうかそうだよねふふ」と言うことも少なくありませんが、ちょっと酸っぱすぎる気もしたけど、四川ふう担々麺は美味しい部類だったと思います。

 テーブルの真ん中には、広島に千羽鶴を送るので協力してくれたら嬉しいという旨の書かれた宣伝板がありました。なので食べながら折りました。食べ終わってからも折りました。合研に行ったら同じようなものがあったので、そこでもやっぱり折りました。

 ‥‥宣伝ファイルは8日以降に公開できる予定です。


◇ MuVo TX。

 中の方できっと何かが壊れたため、フラッシュメモリとしてもMP3プレーヤとしても使えなくなってしまった Muvo をあきらめ、ソフマップに新しいのを買いに行きました。以前購入したのは容量128MBのUSB1.1接続で1万8千円くらい。今回購入したのは、256MB、USB2.0、1万7千円くらいでした。液晶表示をはじめ機能も充実。電池のもちもちょっとよくなっています。表にすると‥‥

接続容量価格液晶駆動その他機能
USB1.1128MB18000円強なし12時間フラッシュメモリ
USB2.0256MB17000円弱あり14時間フラッシュメモリ・
ボイスレコーダ・
シャッフル・
音楽ファイル階層化・
液晶バックライト・
etc.

 という感じです。アルカリ単4電池1本で駆動します。充電その他の機能はありません。機能的にはそんな感じですが、それに加えてCDのWAVからMP3に変換するためのソフトも同梱されています。というか、正直、なんか非常に無駄なテーブルを作ってしまった気がしてきました。

 コレが並べてあった付近には別バージョンも置いてありました。容量が128MBにダウンしたものと、インターフェイスがUSB1.1のものと。それぞれ2000円ほど安価でした。別メーカの出してるよく似た機能のものも並んでましたが、いろいろ見て読んで持って考え合わせたら、やっぱりコレがいちばん都合がよろしいんではなかろうかと思いました。当初の予定では前代のが使えなくなったら次は外付けHDDとしても使用可能なやつを買う!つもりだったんだけど、いざそうなってみると音楽をなるべく軽く持ち歩く、という機能を最優先した格好です。大容量データはCDで我慢しようということだと思う。

 サイズは一回り大きくなっております。でもほとんど変わってません(わたしは全然気付きませんでした)。大きくなったのか!と思ってぽいぽい放って受けてみると、そうねえ。たしかに少し重たくなったような気もしてきました。

 せっかく専門店に来たのだからと思い、クラナドがどういう扱いを受けているのか、PCゲームのコーナに行って見ました。でもどこにもないので、そして前作が当初は18禁だったので今作も間違ってそっちに並んでるかもしれないと思ってえっちなコーナも見ましたが、やっぱりない。変だ変だと思って帰ろうとしたら特殊なコーナ分けがしてあって、そこに一つだけ置いてありました。たしか通常版がそろそろ出たか出るかなので、そのパッケージを見たかったんですが、それはなかったです。

 ‥‥その付近には智代や渚にネコ耳が生えた絵の、変なポスタがありました。ポスタのロゴをよくよく見てみると『CLANNAD - クラナド』ではなく『CLANYAD - くらにゃど』って書いてありました。 ‥‥ どうもクラナドが出るずっと前から存在しているもののようです。つまり小出し、小出しにすることも、萌えを萌やす条件の一つかもしれません。

 華厳経を読む勉強会に参加したり飲んだりしました。使えなくなってしまった Muvo は「直してみます!」と言われたので一応わたしてみました。でも、たぶんかなり高い確率で直らないんじゃないかなあと思っております。

 それにしても暑かったです。昼間、大学ヨコの通りを歩いたときは体感で40度ありました。アスファルトの照り返しプラス大学の塀が白いのでその照り返しもあり、かつ風がまったくなかった。実際には、京都の最高気温は37度弱だったそうです。

 ではでは。

2004年7月5日(月) 7月6日(火) 3:20 +0900

◇ 鶴の話し合い。

 昨日の続き。鶴を折ることになりました。鶴居村にいるリアル鶴を折るわけではありません。どだいそんなところに行くヒマもお金もありません。つかまえることもできない。きっと強いからつかまえたところで折れない。そうじゃなく、千羽鶴です。

 で、その最終的な打ち合わせに参加しました。趣意書は友だちが作ったのがあるので、それをもとに、よりキャッチーなビラみたいなのを作ることになりました。完成したらココじゃないサイトで公開するはずです。たぶんリンクさせてもらいます。木曜日の夜以降になるんではないかなあ、ここからのリンクは。

 鶴、てれてれ折ってたら一羽4分30秒かかりました。不器用な○○くんは13分かかったということで彼と比較して少し得意顔ないしだ、お子様ランチがきっとよく似合うことだろう。平均何秒くらいなんでしょうね。っていうか、千羽鶴の鶴っていうのは、早さよりも綺麗さよりも、やっぱり込める思いがいちばん大事なんだと思います。わたしは小学生の時に近所のおねいちゃんが肺炎で死にそうになって全校を挙げて折ったのが千羽鶴との出会いでした。全校生徒、当時68人くらい。よく頑張ったと思います。思いが通じたのかクスリが効いたのか安静にしていたのがよかったのか、そのおねいちゃんは今も元気です。


◇ ぬおぉぉ。

 Euro2004、多分コテコテの組織サッカーが優勝してしまいました。こりゃ日本のサッカーも組織的だから一生懸命やれば高みへいけるってことなんだろう、って単純に思って喜んでいたんですが、今日どこかのサイトのニュースを見てびっくり。いまの日本代表は欧州組に自由なインスピレーションでやらせているから昔ほど組織的ではなくなっていて、逆にジーコは困ってるんじゃない? っていう内容でした。た、たしかに「責任をもって自由にやるというサッカーのスタイルが確立されつつある!」って言ってジーコこないだ喜んでいた。

 まあまあ、なんとかなりますよ。日本代表はタレント揃い、それ以前に天才揃いだと思う。天才は一生成長するんです。だから対応・適応能力はどんどん高まっていくことでしょう。と、すこし楽観的になってみました。


◇ こむ。

 近所のスーパに冷たい牛乳で作るココアを買いに行きました。売り場はそんなに混んでなかったんですが、レジは最近見たことないくらいな長蛇の列になってました。ちょっとびっくりしました。

 ゴーヤを買ってきました。もちろん出来心です。。生のこんなの、今までさわったことさえない。よって調理方法が皆目わからんので「ゴーヤ」「調理法」で検索してたら、小市民の強い味方、ためしてガッテンが引っかかりました。【ガッテンゴーヤ】 ここを参考にとても美味しく調理できました。まったく苦くない。これっぽっちも苦く感じない。逆にそれはそれで問題かも? という気になってきました。今日はそんな感じで少しビタミン過多っぽくお寝みいたします。

 ではです。

2004年7月4日(日) 7月6日(火) 3:20 +0900

◇ のむ。

 日曜日はほとんど何もありませんでした。鶴を折って広島に届けよう!という話があって、それをすこーしだけ手伝った、ような感じのことをしたのが唯一の生産的な活動らしきモノだったと思っておけば間違いない気がします。

 夜は友達と京都駅で飲みました。なーんかいじめるようなことばかり言った気がするんですが、そのあと来たメールには「癒されました」って書いてありました。気の利いた冗談だと思いました。レーベンブロイがあったので頼んだら、たまにあるんですよね、ローアルコールの方のレーベンブロイ。美味しいけどとんと酔わんのでちゃんと久保田を頼みました。美味しかったです。トビウオがあったので頼んでそのお刺身もいただきました。タマゴじゃなく身をいただいたのは初めてでした。美味しかったです。薬味についてくる花をむしったら、真ん中に雌蘂らしきものがつんつん出ていて、その下に他の小さなはなびらの土台がぷっくりついていて、へぇー、と二人で感心しました。


◇ 下品。

 「げぼん」じゃなく「げひん」と読みます。

 行く途中、七条大宮の交差点で信号待ちをしていたら、東京銀行跡の前に停まった自転車二台の男女が「ねちょーーー」とキスをしました。完全に「わたしたち今してきたところです」というオーラが出ていて、そしてこっちにいた男女二人(無関係)に見ることを要求している。こういう、オーディエンスを要請しつつオーディエンスを人間扱いしない、むしろオーディエンスと人間的な関係性を築くことを拒否した似非な積極的はたらきかけって、すごく苦手です。

 以前薬局でレジ待ちをしていたときにコンドームとガムだけ買おうとしている二人連れを見たことがあります。モノはあっちの方が強烈でしたが、今日の二人とあの日の二人とを比較すると、こないだの二人の方が遙かに上品[じょうひん]だった気がします。

 なんにせよこういうことを詳しく書いているとこのサイトそのものはどんどん下品[げひん]になっていく、気がします。キモチワルイもの見せられても気にするなよ石田! 見たヒトが気分悪くすることだけが奴らの望んでいることなんだから! みたいな。

 帰ってきて、野球は見ず、F1の決勝を見る前にサイトで結果を知って見る必要がほぼなくなり、ちょっとくらいはそりゃ発表の準備らしきことをして(継続は力なり)、ウインブルドンの決勝を見て、メジャーリーグを途中まで見て、そしてEuro2004の決勝を見ました。決勝三連発の日。すばらしい。

 そしてしばらく眠りました。

2004年7月3日(土) 7月4日(日) 4:35 +0900

◇ すごく眠かった。

 バイト中、すごく眠くて参りました。つい沈没してしまっていたら同僚が入って来てびっくりしてました。そらびっくりするだろう。ムシムシしてたぶん脳にもノートにもよくないところから逃れ、エアコンの効いて快適な、その分きっと肉体的にも精神的にも鍛錬になるはずもないところにずーっといられて、しかもお金までもらえるというのは、やっぱり甘やかされているんだなあ。こりゃやめらんねえよ、みたいな。


◇ ぱこぱこ。

 どうして「ぱこぱこ」なのかわからないけど暖簾にそう書いてあるラーメン屋さんに行って夕飯をいただきました。おいしかったです。注文したのが来て食べようとしてお箸を割ってすぐ「なんでこないだと同じもんを注文してしまったんだろう?」って、すごく後悔しました。「特製塩」以外にも「入魂醤油」とか「ぱこぱこなんとか」とか魅力的なラインナップが揃ってるってのに!

 まあ食べ始めたらそんな後悔は跡形もなくどこか明後日の方向へ吹き飛んでってしまうんですけどね、文句なくうまいから。餃子もおいしかったです。

 前回は気付きませんでしたが、隣は雀荘みたいでした。聞き慣れたじゃらじゃら音がしてました。ときどき強くぶつける「ぱちん」「ちゃちん」みたいな音もしてました。ちなみに「じゃらじゃら音」は「じゃらじゃらオン」と読みます。北海道日本ハムの球場の天井に何枚も何枚も絵が掛かってるのは「onちゃん」です。


◇ 少しずつ読んでます。

 西元和夫『花はどこに咲いているか』文芸社2004年7月15日 を読んでいます。すこしずつ大事に読んでいます。面白かったら本の紹介を龍大限定のミニコミ誌みたいなものに書くという、そういう、こっちにとって非常に有利な条件でいただきました。もらうとき、先生は「流し読みしするとわからなくなるように書きました (^▽^) 」とおっしゃっていました。何度も行きつ戻りつしながら「なるほどこういうことですか!」と思っております。

 いま読み終えたところは、バンプオブチキンの 3rd アルバム "Jupiter" に収録されているある曲の歌詞を突破口とした哲学の営みです。バンプオブチキンという存在やその曲や歌詞を哲学してるんではなく、それを足がかりに、ただただストイックな感じで(その分とても豊かに)哲学的な営みが行われていて、まったくもって哲学なんですが、やっぱりその、足がかりになっている元の曲が一度は聴きたくなるような、そういう内容でした。どういう感じかと言いますと ‥‥

 ‥‥目の前に現れたL字型カーブをL字に沿って曲がろうとすると、「さて、〈本当に〉そっちに曲がるのかな?」と言ってくれたり、目の前に現れた扉を開けるためにノブに手を掛けようとすると、「さて、それは〈本当に〉扉かな?」と言ってくれたりしながら、まるで読者が、読者自身が最初からそれを望んでいたから行けたのだと勘違いしてしまうくらい、見事に、ある高みへ連れて行ってくれます。いや何ていうの、「ある高みへ連れて行ってくれる」って〈言ってしまう〉と、それは明確に違うってことがわかる。違うんだけど、今のわたしにはそういう言い方しかできないかなあ。なんせそんな感じでわたしの拙さが残念なのですが、読む前と後とでは何かが変わっているようにしか感じられない、そういう文章でした、文章です。

 いやまだ書評にならないですね。陳腐な言葉、陳腐な言い回ししか出てこないです。何も理解できてないのに何かわかってる気がして反応がステロタイプになって、それで言葉がおかしいのかも知れませんし。

 うん、無理せずにしっかり全部読んで、いっぺん寝かそう。 ‥‥ そういえばそういうふうに考えていて、とうとう今まで紹介を書けてない本があるなあ。と、不吉なことも言ってみる。まあまあ、書けるようになると書けるんですよ。絞り出すんでも、書けるときには書けるんです、中身がちゃんと聞けていたら。紹介も感想もなーんも書けないときは何も聞けてないことが多いです。逆に、すごくよく聞けてしまったから余計なんも書けなくなることもある。このへんいろいろ難しいと思います。


◇ おぅおぅ。

 喫茶店で打っております。

 男性の三人連れがやって来て、アメリカンを三つ注文して話し始めて、どうも微妙なものだったらしい話し合いが終わったらしく、コーヒーが出て来る前に一人が一杯分のお金を置いて帰り、もう二人も遅れて、でもやっぱりコーヒーが出てくる前に会計をすませて帰って行きました。こういうの初めて見ました。ちょっとびっくりしました。 ‥‥ なんとなく、後に残った二人はわたしには絶対できない尊いことをしているように思えました。


◇ シャラポワ。

 ウインブルドンの女子ファイナルを見ました。最後の「ぺったん」って座って顔を両手でおおったところがいちばん胸キュン(圧倒的な死語だが恥ずかしさも含めてこれがいちばんピッタリの表現だと思いこんでいるので仕方がない)で可愛かったです。たぶん見てた男どもの何割かは彼女に惚れてしまったのではなかろうか。何かの香水のCMで、バスから降りて来た一人の少女に男どもが集団で惚れてしまうのがありますが、ああいう感じになってもおかしくないんじゃないかなあ。なんかすごくそういう気がします。そう言って自分の恋情を正当化しようとしているらしい。来年のカレンダは木村さまではなくシャラポワかもね。

 杉山愛はこのコに負けたから Best8 どまりだったわけですが、優勝しちゃったのならまあ、杉山が悪かったわけではないんですね。伊達さんは彼女に「今回組み合わせがとっても良いよね。Best4 いけるかも?」って言ってましたし、大方の予想ではそんな感じだったわけですが、鯉が龍になる、化けるべき人が大化けするまさにその瞬間を我々は杉山のおかげで目の当たりにできたということなんだと思います。(Euro2004のルーニーとか、いや、ギリシアチームとか。)ありがとう、杉山。

 そうそう。一昨日からおかしかった MuVo は完璧に緘黙(かんもく)してしまいました。MP3ヘッドフォンステレオとしてもフラッシュメモリとしてもフツウの数倍の密度で使ってたので無理ないかなと思います。あと、最近かなり汗を吸わせてしまってた気がします。残念だけど動かないのは仕方がない。MP3ヘッドフォンステレオもフラッシュメモリも新しいのを買うことにします。

 うーん。

 ではでは。

2004年7月2日(金) 7月3日(土) 8:00 +0900

◇ やっと読了。

 佐伯啓思『人間は進歩してきたのか 現代文明論 上 「西欧近代」再考』PHP新書274 をやっと読了しました。内容は、西欧近代の前提と始まり、展開、そして最終到達点の一歩手前としての「今」とその閉塞性、当然の帰結としてのニヒリズム、 ‥‥ みたいな感じです。「ああ、困った困った、うん、困ったねえ」という内容であるように思えます。いろんな現象を問題視して、その理由など解き明かしてくれてるんだけど、最終的な突破口や突破に有効な概観法などは何も出てきてません。

 前に先輩が「現代思想を解説する論文が現代思想のようにわかりにくいもんである必要はない」または「お経や漢文を解説する文章をお経や漢文の文法で書く必要はない」または「現代詩の解説を現代詩なみにわかりにくく書く必要はない」みたいなことをおっしゃってました。それを思い出しました。

 この本に続けて『20世紀とは何だったのか 現代文明論 下 「西欧近代」再考』PHP新書301 を読むことにしています。しかし、前書を読んでいて途中から異様につまんなくわかりにくく感じられるようになって、これを読まないと取りあえず学会発表は出来ないと思っていて、それなのにこんなにつまんなくわかりにくくて良いのかよ!と不安になり、それで生活のすべてが滞るようになったと思っておりますものですから、今から読むコレがまた冒頭からつまんなわかりにくかったら、またそれで体調を崩すのはイヤなのでこの本を使うことはすっぱり諦めて明るく生きていくことにします。

 それいしても、経済の話は、記憶や考え方のフレームに前提が皆無なので、わたしには非常に難しいです。


◇ 本を買った。

 本を買いました。上田紀行『がんばれ仏教! お寺ルネサンスの時代』NHKブックス1004、ならびに福原義春・横山紘一編『解はひとつではない グローバリゼーションを超えて』慶應義塾大学出版会、です。

 上田紀行の方はボクシングマンガです。仏教という名前の主人公がボクシングを通して人間的に成長していくさまを描いています。アニメ化もされたので知ってる方も多いと思います。上田氏は以前『宗教クライシス』(岩波書店1995年)を読みました。「食わず嫌い」と「のめり込み」というキィワードなどなど、すごくたくさんの示唆を受けることができました。今回は、お寺というものの可能性と、現在のこの閉塞性とていたらくを打破するための、一つ以上の方法を提言してくれているようです。

 後者は、いろいろな問題を考えようとして、たったひとつの冴えたやり方を求めてシンポジウムを行った模様をまとめたものです。慶應義塾関連の書籍を購入したのは初めてです。タイトルがとっても良かったので、それで買ってしまいました。たぶんかなり使えるんではなかろうか。使えたら良いな。使えないとしても内容かなり面白そうなので、それはそれで良いってことにできるんじゃなかろうか。

 という感じです。

 ‥‥焼肉パーティみたいなのをして、飲んで、帰って、眠りました。美味しかった&楽しかったです。いま(3日7:35)ちょっと宿酔いっぽいけど頑張って生きていきます。


◇ ラザロ徴候。

 日記も論文も、ところどころ「ラザロ兆候」って書いていたようです。すみません。正確には「ラザロ徴候」です。日記は全部修正しました。

 なんで間違ってるのがわかったかと言いますと、どなたかが「ラザロ兆候」で検索してうちのサイトに来られていて、で、「ラザロ兆候」で検索すると世界的にもうちのサイトくらいしか引っかからないということがわかり、それってあまりにおかしいじゃん?と思ったからです。そのてん「ラザロ徴候」だと300件くらいいけます。

 なんでこんな間違いをしていたかと言うと、「三兆候死」の「兆候」と混同したからだと思います。三兆候というのは「呼吸停止」「心拍停止」「瞳孔散大・固定」であり、これら三つの兆候、つまり「きざし」によって診断される死のことを「三兆候死」と言います。

 ‥‥「ラザロ徴候」の「徴候」は「兆候」と違う意味なのだろうと信じておりまして、それを確定させるために辞書を引いたのですが、兆候も徴候も「しるし」や「きざし」という、まったく同じ意味なんだそうです。でも一応「兆候」の方は「はっきりわかるきざし」、「徴候」は「おこりそうなきざし」とありますし、「徴」の字は「しるし」、「兆」は「きざし」らしいので、わたしなりに考えますと、やっぱり「ラザロ徴候」、「三兆候死」、なのだろうと思っております。そんな感じでよろしくお願いします。

 7月3日15:00頃、少し修正しました。ではです。

2004年7月1日(木) 7月2日(金) 3:00 +0900

◇ 壊れたか?

 ぼくじゃないよ。〜( ̄▽ ̄〜)(〜 ̄▽ ̄)〜

 MuVo(USBフラッシュメモリでありつつ高音質のMP3プレーヤでもある装置)が、スイッチを入れた瞬間はMP3を再生するんだけど、すぐ「ぶーーーーん」という音だけになります。あれ?ファイルがおかしくなったのかな? と思ってフォーマット、またファイルを全部入れ直しましたが、やっぱり再生を開始するとすぐ「ぶーーーーん」という音しか聞こえなくなりました。

 最近汗いっぱいかいてるからそれでどこかに水が入ってしまってどこかが壊れて、単なるフラッシュメモリになってしまったかもしれない。だとしたらちょっと困ったことになったなあ。あまりに単純な作りであるだけに直し方がまったくわからん。


◇ さむいさむい。

 モスで打ってます。さむいさむい。外は半袖のTシャツでちょうど良い温度なのに、なぜこんなに冷房効かすんだろう? って、回転をよくするためなんでしょうね。客重視とは言っても客(の財布)重視であり、客(の居心地の良さ・快適さ)を重視しているわけでは全然ないんだろうなあ。

 次からはもう一枚持ってこよう。

 ‥‥客が増えたらそんなに寒くなくなりました。さっきはわたし一人だけだったから、それで効き過ぎてたのかもしれません。うん、客一人なのに店員さんが三人もいるってのはどうなの?やってけるの?と思って少し心配してましたが、あんなにすいてることが珍しいんだろう、きっと。

 ‥‥店内を見渡した感じ、一人で来てる女の子が二人で、二人とも灰皿を持ってってました。二人連れの女の子は二組来ていて、どちらも片方は吸ってる。これだけで判断することはできませんが、女の子どんどん煙草吸うようになってるんでしょうかねえ? 一昔前はこんなに多くなかったような気がします。気がするだけかな? 煙草は自己責任だと思うので別に構わんのですけど、なんとなく、煙草吸ってる女の子とはキスしたくないような気がします。まあまあ、キムチとか一方だけが食べた後ではあんまりしたくないというのと同じ水準のわがままです。相手もおらんのでわがまま以前、妄想未満。いやはや。たぶん中身です大事なのは。

 隣の一団は静かなわりになんか動きが派手だなあと漠然と思っていたら、どうも手話してるようです。そら静かなわけです。


◇ それはないだろ。

 ラーメンを食べに行きました。単立のラーメン店で、ラーメン軍団さんにも紹介の載っているところです。部屋から半径1キロくらいにわらわら乱立してるうちの一軒と言えばいえなくもない。たぶんご夫婦?で経営されているようでした。ラーメンも唐揚げもごはんも美味しかった。テーブルの上に置いてある唐辛子も辛かったし、とても美味しかったです。

 でも、

 ラーメンをゆで上げる直前に誰かの携帯が鳴って、 ‥‥ ラーメンを作ってる男性が受け、会話を始め、左手でケータイを持って耳にあてながら、右手で、まるで片手間のようにちゃっちゃっとザル(正式名称知らない)を揺らして湯切って、会話をずっと継続しながら湯切って、断続的に湯切って、会話とラーメン作るのどっちが本気?と聞かれたら、うーん、どっちも本気じゃないよ、と答えるんだろうなって感じで湯切って、 ‥‥ ちょうどラーメンを整え終わる頃に会話も終わっていました。麺が一本どんぶりから下に垂れていたのを指でスっと掴んでどんぶりの中に入れるというおまけもついていました。

 なんかすごく残念だった。軍団さんのサイトで紹介を読むととてもこだわってラーメンを作っているように思えます。でも実際には文字通りの「片手間」で作ってるような気がしました。美味しかったけど、もっと本気で作って欲しかったです。ラ王じゃないんだから、さ。本当に本当に残念でした。味そのものは美味しかったけど作り方がすさまじく気に入らなかったのでたぶん二度と行かないと思う。

 やっぱり作ってるあいだは携帯が鳴っても取らないか、会話するとしてもハンズフリーで「うんうん、いま麺ゆであがったところ! 湯切りでいそがしいねん! またかけるし!」くらい言いながら作って欲しかったです。ヘッドセットをつけて踊るようにラーメンを作るラーメン職人。うーん、なんかすっごく働き者っぽくって素敵だ。きっと麺も舌の上で踊るのだろう‥‥・。(陳腐だ)

 出かける前は3点差くらいだったのに、帰ってきたら巨人は変に大差で負けてました。入れられた分あとでじゃらじゃら出てくるなら良いんですが、パチンコ同様そんなこたないんだろうな。っていうか良いじゃんライブドア。Operaの7.5待ってます。

 シャラポワって可愛いですね。ちょっと萌えました。対戦相手のダベンポートは、ときどきボノに似て見えました。男前ってことです。きっとジャパンカップとかに来たら銀座のカラオケ店で With or Without You なんて歌ってマイク無しでエコーがつくのでしょう。

 なんだかなー。

 ではでは。


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